【連載|お星さんがたべたい】07:急焼肉
なにかをたべるときはいつも「元気をだそう」とおもっています。スーパーマリオブラザーズのマリオはお星さんにぶつかると、からだじゅうを光らすほどの元気をだすけれど、あれの、もっとささやかな感じが、わたしにとってのごはんです。つまり、ごはんは、わたしのお星さんです。とどのつまり、元気のでるごはんにまつわるエッセーを書くことになりました。
小原 晩
昼の仕事ですっかり元気がなくなって、振り返れば振り返るだけ気分が沈む。蕎麦屋に入って、せいろを食べて、生ビールを飲んでみたけれど、うれしい気持ちにはさっぱりならない。もちろん0にも戻らない。慣れていないことをしたのだし、最初からうまくできるわけもないのだから、仕方がないのだ、と言い聞かせてはみるけれど、できるひとはできるのだから、言い訳の隙はない、自分がおもしろくない人間だということがただ明るみになっただけの時間はかなしい。
うちに帰って、熱いシャワーを浴びる。汗が流れる。体をふいて、髪を乾かし、ふて寝する。起きる。まだつらい。寝たら忘れたなんてことは今までに一度も経験していない。
友だちを焼肉に誘う。
急焼肉である。
Tシャツに半ズボンで下北沢へ向かう。
会ってすぐに、今日はずいぶんと男の子みたいね、と言われる。
二十二時過ぎ、焼肉をはじめる。
タンを二人前、ロースを一人前、ハラミを一人前。初めは少なめに頼んで、足りなかったら足したいタイプだ。それにキムチの盛り合わせと、ねぎご飯、つめたい烏龍茶。ねぎご飯とは、白米の上にねぎのみじん切りとごま油をかけてあるやつのことで、肉にとても合うのである。
肉を待ちつつ、つめたい烏龍茶をのむ。いつもなら生ビールをのむところだけれど、このあとには夜じゅう、向きあいたい原稿があるので、つめたい烏龍茶をぐびぐびとのむ。白菜キムチ、胡瓜のキムチ、大根のキムチ。しゃきしゃきと、ぽりぽりと、食感はたのしい。
話すのは仕事に関係のない話。未来の話。過去の話。今日の昼、以外の話。
こんな未来があったらいいな、今はどんなことしてる、頑張ってるよ、頑張ってるね、あのときの髪型が、あのベランダで、あ、タンきた、何枚ずつ焼く?、小原の好きにしていいよ、私は一枚ずつ派なんだけど、じゃあそれで、お〜ねぎご飯もおいしそう、こっこれ、おいしいよこれ、おいしいねえ、うわあタンおいしい、おいしいねえ。そんなことばかりを話しながら、どんどんと食べ進めるうちに(それはタンの三枚目に入ったあたりで)ふと、たったいま元気になった、ことがわかった。
頼んだものでお腹はきちんと満たされて、焼肉屋を出る。
もうちょっと一緒にいたくて、ガストに誘う。冷房のきいたガストは明るくて、若者の巣窟となって、どこもかしこもうるさくてなつかしい。小さなパフェとドリンクバーをお互い頼んで、ぺらぺらしゃべる。終電だ! と急に立ち上がり、ガストを出て、駅まで歩いて、手を振り合って別れる。ひとり小田急線に乗って、そのさらさらとした心もちを家まで連れて帰った。
文/小原晩(おばら ばん)
1996年、東京生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
湯船につかりながら本を読むことと、夜の散歩が好きです。お酒をたしなみます。
写真/服部恭平(はっとり きょうへい)
1991年、大阪府生まれ。2013年に上京し、モデルとして活躍する傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、2018年から写真家として本格的に始動。フィルム特有のパーソナルな雰囲気を持ち味にファッション写真やポートレートを撮る。
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