【月と太陽がくれたカレンダー】第二話:雨あがりの紅葉に思いをはせて

白井明大

昨年の秋、近くの小山のふもとにある庭園が、数年ぶりに一般公開されると聞いて出かけたことがありました。門をくぐると、紅に染まった木々が庭の池のまわりを囲んでいました。

太陽が小山の後ろにあって、向かいの山には日が射していましたが、こちらの庭園にはまだ届いていません。晴れた明るい朝の、日陰に入った静けさが、どことなく庭に漂っていました。

前夜に雨が降ったおかげで、砂利道がぬれています。

紅色を深めた葉もぬれて、(しずく)を浮かべています。そんな雨の余韻を残す葉は、紅葉でありながら、うっすらと青みがかっているようでした。

もみじというのは、()みつ、が語源ともいわれます。

昔は化学染料がありませんでしたから、布に色を染めるとき、天然の染液に布をひたし、きれいに染まるようによく揉んでいました。

葉に色が染まることも、布染めからの連想で、揉みつ葉、もみち葉、もみじ、となっていったようです。

その朝の庭園の、雨雫をしたたらせた紅葉も、染めのさなかにぬれた布と、どこか似ていたかもしれません。雨にぬれた紅葉は、あざやかな紅や黄と、青みがかった陰影が重なりあい、そこはかとなく艶めかしいような美しさをたたえていたように思います。

紅葉と雨。

といえば、時雨が思い浮かびます。

時雨というのは、秋の終わりから冬の初め頃に、サッと降りだしては、すぐにあがる雨のことです。その年の秋に初めて降った時雨は、初時雨(はつしぐれ)と呼ばれます。

昔、平安の宮中では、紅葉に初時雨が降りかかる情景に風流を感じて、好んで歌が詠まれたようです。

たとえば万葉集に、こんな歌があります。

 

 時待ちて降れるしぐれの雨やみぬ

明けむ(あした)か山のもみたむ

市原王(いちはらのおおきみ) 第八巻1551番歌)

 

⋯⋯待ちわびた季節になり、降りかかった時雨がやみました。明日の朝には、山も紅葉しているのではないでしょうか。と、そんな歌です。

晩秋の小雨をながめつつ、山の紅葉を連想する、とただそれだけのことですが、連想というのはやっぱりいいものだな、と思います。

いま目の前にある情景から、ふっと心の中にまたべつの、いまここにない情景が浮かぶのは、心がどこかとつながっているからではないでしょうか。それは、心が距離を越えていく、ということとも言えそうです。

遠さから自由な心、持っていたいと思います。

 

旧暦には、七十二候(しちじゅうにこう)といって、一年をこまやかに72の季節に分けた暦があります。その七十二候では、秋の終わりに、こんなふたつの季節がならんでいます。

 霎時施す(しぐれときどきほどこす)⋯⋯時雨が降るようになるころ。

(新暦10月下旬ごろ)

 楓蔦黄なり(もみじつたきなり)⋯⋯紅葉(もみじ)や蔦が色づくころ。

(新暦11月初旬ごろ)

このふたつの季節が並んで、旧暦七十二候で、秋をしめくくっていることを思っても、時雨が降り、葉が色づきながら、晩秋から初冬へとうつろっていくんだな、としみじみ感じます。

そういえば、いつかの秋にちょっと近所まで買い物に出たら、急に雨がサアッと降ってきたことがありました。さっきまで晴れていて傘を持っていなかったので、あわてて店に駆け込みました。

買い物を終えて、また雨の中を急ぎ足で帰らなくちゃと、少し気が重くなりながら外を見てみると、ぬれた地面にきらきらと光が当たっていました。

すぐにやんでよかった、と安堵した帰り道、ふとふり返って、いまのが初時雨だったのでは、とあとから気づいたのですが⋯⋯。

街を歩いていても、ドキッとするほど美しい紅葉や黄葉が目に入ることがあります。買い物の行き帰りにパラパラッときたと思ったら、時雨だったということもあります。

草木も雨も、暮らしの日々のそばにあって、ふと顔をあげたとき、心に飛び込んでくる情景になってくれることがあるようです。

 

文/白井明大
詩人。1970年東京生まれ。2008年より、二十四節気七十二候に沿って季節の移ろいを感じる「歌こころカレンダー」を毎年制作。2012年、『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』が静かな旧暦ブームを呼んで30万部超のベストセラーに。2016年、『生きようと生きるほうへ』で第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。『いまきみがきみであることを』『日本の憲法 最初の話』など、自然や生命や心の自由に関わる著書多数。

 

イラスト/shunshun
素描家。1978年高知生まれ、東京育ち。広島在住。心に響いた光景を、ブルーブラックのペン一本から生まれる線により、一つひとつ精魂を込めて描く。毎年自主制作している『二十四節気暦』カレンダーのファンは多い。著書に『椿ノ恋文画集』『一條線一片海』など。

 

 

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