【好きな色はなんですか?】芯を持ち、ときに大胆に。アントワープのレストランで見た「黒」(城素穂さん)
ライター 瀬谷薫子
料理家さんがつける白いエプロン、写真家さんが着る黒い服。日々身にまとう色には仕事柄があらわれるように思います。
自分を鼓舞する日につける赤い口紅、歳を重ねてから好きになったピンク。色は、ただ身につけたいという理由だけでない、そっと背中を押してくれる力を持っているような気がします。
好きな色はなんですか? 色の話から、その人が大切にしていることの話を聞きました。
城 素穂(じょう もとほ)
大学時代に出会ったスタイリスト・chizuさんに師事し、フードスタイリストの道へ。独立しさまざまなメディアで活躍した後、ベルギー・アントワープのレストランで1年2ヶ月の遊学を経験。結婚と出産を経て、現在も書籍や雑誌で料理のスタイリングを手がける。夫と娘、愛犬と暮らす。
ーーー好きな色はなんですか?
「黒です。昔働いていた、ベルギーのアントワープのような黒。あの街に感じる、品格のようなものが好きでした」
スタイリストの城さんがベルギーのアントワープへ渡ったのは、今から15年近く前。独立して4年目、やりがいのある仕事も増え、休みなく働いていたさなかでした。
「旅行でアントワープを訪れて、たまたま入ったレストランがありました。下調べもなく、本当にふらりと立ち寄ったお店の空間に圧倒されて。何の計画も、具体的な目的もなく、ただ『ここで働いてみたい』と直感的に思ったんです」
どちらかといえば大胆な方ではないといいます。けれど、自分でも驚くほどの行動力で人生を動かしたことが、今までに2度あります。
1度目が、師匠であるスタイリストに出会い、この仕事に就くと決めた時。そして2度目がこの時。すべての仕事をストップして、本当に働けるかどうかの確証もないままに、ベルギーへ渡りました。
「すべてが絶妙なバランスでした。正統派のフレンチレストランですが、それらしい空間の中に、唐突に大きな馬の置物とか、アフリカの仮面とか、モダンなものが置いてあるんです。味わったことのない空気感で、一体どうしたら醸し出せるんだろう?と。知りたい気持ちがすごく強くなりました。
店にあるのは、どれもオーナー夫婦が集めてきたもの。物好きな二人で、毎週のように蚤の市へ行って、風変わりなものを買ってきては並べていました。二人とも黒が好きで、インテリアも黒を基調にしたものが多かったです。
そして一年中、真っ黒な服を着ていました。それが格好よかったんですよね。たとえ1週間くらい同じようなセーターを着ていても、なぜか洗練されて見えるような。そんな二人でした」
「住む場所すら決めずに行ったのだから、今思えば無茶なことです。急に連絡をとり、会いに行ったムッシューとマダムは驚いていました。
ミシュランの星をとるとか、そういうことには興味がなくて、ガイドブックにものらない、地元の人に愛されるようなお店です。こんなところにどうして日本からわざわざ来たの?と。
それでも迎え入れてくれて、家族のように接してくださった。もちろんいい思い出ばかりではなく、大変なこともありましたが、それ以上に大切なものをいただいてきました」
流行に流されず、普遍的なものを大事にしたい
お世話になったご夫婦は、数年前に相次いで他界し、レストランは閉じられることに。
この空間がなくなる前に形に残しておきたいと、城さんは写真家の旦那さんとアントワープに渡り、店内の様子を写真におさめます。そして当時の雰囲気を再現したテーブルスタイリングとともに、4年前、東京で小さな個展を開きました。
展示のため夫婦の娘さんからお借りしたレストランのメニューボードは、ご厚意でそのまま譲り受けることに。リビングの目につく場所に、今も大切に飾られています。
「流行にはあまり興味のない方たちでした。直接聞いたわけではないですが、きっとそれよりも自分たちが良いと思える、もっと普遍的なものを大事にしていたんだと。だからこその居心地のよさがあったんだと思います。
その雰囲気は、アントワープの街にも通じていました。昔、黒い大理石の産地だったこの街は、それを使った教会があって、黒が印象的な街並みなんです。
そこに流れる厳格さや、品格のようなものに惹かれて。元々黒は好きでしたが、アントワープに行って、より確信を持って好きだと思うようになりました」
自身もまた、流行に敏感な方ではないそう。すごく天の邪鬼で、と笑います。
「皆が良いというものだから、自分も興味をもたなければ、とは思いません。流行を追うことは、体力的にも疲れてしまう。自分に合っていないんだと思います。
とはいっても、もちろん、周りが気になるような時もありますよ。いろいろな感情が渦巻いてドロドロすることも。だから自分は黒だなと。白も好きだけれど、白のように純粋にはなれません。
そういう感情があるからこそ、SNSはやらないと決めているのかもしれません。余計な情報は、あえてシャットダウンする。それに自分が翻弄されちゃうかもしれないっていうのが、多分、わかっているからなのだと思います」
自分の色をなくさずに、どんな仕事ができるのか
「ただ、やっぱりスタイリストという仕事をしているからには、もっと情報に敏感でいた方がいいんだろうと思うこともあります。
今は家族との暮らしが好きで、そこで手を動かすことに楽しみを感じています。ただ仕事のためには、もっと外に出て、たくさんのものに触れ、自分の中にストックを増やしておけた方がいいのかもしれないと。
今はSNSを通じて発信することの上手な方が多いですよね。そういう方は、すでに自分の “色” を持っているように感じます。
そこに私がスタイリングで入り、その方の色を崩さずに、けれど自分という色が入る意味もなくさずに、どんな仕事ができるのか。難しいところです」
「いつか、宿をやってみたいんです」
これから先また新たに挑戦してみたいこと。3度目の転機はあるでしょうか? 尋ねてみたら、意外なようで、城さんらしい答えが返ってきました。
「叶わないかもしれませんが、宿をやってみたいです。それも修道院のような、最低限の空間に、おいしい食事と、それぞれの時間を過ごす部屋だけがあるようなシンプルな宿を。
昔から修道院に惹かれるんです。いつかシスターになってみたいと考えていたこともあるくらい。祈り、手を動かす。誰に見せるためでもなく、シンプルに粛々と営まれている暮らしが、慎ましやかでありながら、気高い。そんな生き方に憧れます。
アントワープのレストランで給仕をしながら感じていたのが、私は人が料理を前に『わあ、おいしそう』って高揚する様子を見るのが好きだということ。できるならそれをずっと近くで見ていたい。一番、自分のやりたいことなんだと思います。
だから、もしもこれからここでやりたいと強く思うような場所に出会ったら、また動いてしまうかもしれません。
そんなことがあってもいいな、と、心のどこかで思っています。どんな宿がやりたいか、イメージだけは、はっきりとあるんですよ」
静けさの中に品をもつアントワープ。粛々と、大切に、目の前の暮らしに手を動かす修道院。それはどちらも、城さんの姿に重なるように感じます。
その中に忽然と現れる衝動。黒色の中にきらりと光る大胆さを、また見てみたくなりました。
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