【連載|生活と読書】第二回:かなしい出来事
夏葉社・島田潤一郎さんによる、「読書」がテーマのエッセイ。ページをめくるたび、自由や静けさ、ここではない別の世界を感じたり、もしくは物語の断片に人生を重ねたり、忘れられない記憶を呼び起こしたり。そんなたいせつな本や、言葉について綴ります。月一更新でお届け予定です
31歳のとき、大好きだった従兄が事故で急逝しました。
それはぼくの人生を大きく変えました。
その2008年4月6日を境に、ぼくは従兄が笑い、ごはんを食べ、車を運転している世界に二度と戻れなくなってしまったのです。
従兄が暮らしていた高知県室戸市の叔父と叔母の家は、ぼくにとっては特別な場所でした。叔父と叔母はぼくが大人になっても、子どもだったころと同じように甘やかしてくれ、東京から遊びにいくと、ぼくが大好きなジュースやパンをたくさん用意して待っていてくれました。
従兄もまた、ぼくを待ってくれていました。幼いときは叔父と叔母に連れられ、高知空港の到着口の隅のほうにいて、ぼくたちが大人になると、自分の運転で空港までやってきて、「ジュン、よう来たな」とガールフレンドと弟といっしょにぼくを出迎えてくれました。
室戸は母の実家でした。
母は1976年に室戸でぼくを産み、夏になるたびに、ぼくをつれて2週間から20日間この海辺の町で暮らし、海に行ったり、夏祭りに行ったり、母親(ぼくにとっての祖母)がつくる手料理を食べたりしていました。
そのあいだ、ぼくは半年だけ年上の従兄とひとときも離れることなく、ふたりで炎天下の下、スーパーへお菓子を見にいったり、川で魚をつかまえたり、家のなかでテレビゲームをしたりしていました。
一年間でいちばんたのしかったのはこの20日間であり、そのきらきらと光る夏の思い出が、長いあいだ、ぼくを内側から支えてくれていたように思います。
§
NHKの朝の連続ドラマ小説「カーネーション」で尾野真千子が演じる主人公の糸子が、年老いた祖父母を見て、「この人らはうちを守ってくれる人らやのうて、うちが守ってやらなあかん人らになったんや」とふと気づくシーンがあります。
従兄の急逝に接し、ぼくが感じたのも、糸子と同じことでした。
ぼくの子ども時代を支え、庇護者であった叔父と叔母は最愛の息子の突然の死によって、急速に年をとったように見えました。
「今度はぼくが彼らを支える番だ」
31歳の、たった4年間しか社会人経験のなかったぼくは、それでも、そのように思ったのです。
たよりにしたのは本でした。
新宿の紀伊国屋書店本店と、いまはなきジュンク堂書店新宿店に通い、そこで「グリーフケア」という言葉があり、ジャンルがあることを知りました。
上智大学グリーフケア研究所のホームページによると、「グリーフケアとは、スピリチュアルの領域において、さまざまな「喪失」を体験し、グリーフを抱えた方々に、心を寄せて、寄り添い、ありのままに受け入れて、その方々が立ち直り、自立し、成長し、そして希望を持つことができるように支援することです」とあります。
ぼくはふたつの書店でその「グリーフケア」の本を数冊買い求め、熱心に線を引いて読みました。
叔父と叔母のこころ、あるいは、もっと強い表現でいえば、「魂」を支えたいという気持ちで毎日ページをめくっていましたが、同時に、自分のかなしみ、喪失に言葉や物語を与えられるような気持ちもしていました。
そのころのぼくはいつも、こころがなにかに占領され、息も継げないような感じがしていました。
自分のなかにはなにかが溢れんばかりにあるような気がするけど、それはただの勘違いで、もしかしたら、自分のなかにはなにもないのではないか? そんなことも思っていました。とにかく、毎日が不安で仕方なかったのです。
朝ごはんはしっかりと食べますし、昼食も、夕飯も、おやつもちゃんと食べます。
当時、ぼくは転職活動をしていました。一日中家にいて、午前中から夕方にかけて、転職サイトをチェックし、履歴書や職務経歴書を見直したり、ブログに綴られた、だれかの成功談を読んだりしていました。
従兄が亡くなってから、現実世界はずっとふわふわとしていました。
本のなかの世界の言葉だけが、ぼくにはしっくりきました。
『死別の悲しみを超えて』
若林一美 岩波現代文庫
親しい人が突然死んでしまうということほど、恐ろしいことはこの世にないと思います。息ができない感じ。食べることも、眠ることさえもなにかに遮られ、夢うつつの状態が永遠に続くような感じ。最初のうちはどんな言葉も頭に入ってきません。若林一美先生の本は、かなしみ、苦しんでいるときに、もっともぼくのこころに響いた本です。
文/島田潤一郎
1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが、2009年に出版社「夏葉社」をひとりで設立。著書に『あしたから出版社』(ちくま文庫)、『古くてあたらしい仕事』(新潮文庫)、『父と子の絆』(アルテスパブリッシング)、『電車のなかで本を読む』(青春出版社)、『長い読書』(みすず書房)など
https://natsuhasha.com
写真/鍵岡龍門
2006年よりフリーフォトグラファー活動を開始。印象に寄り添うような写真を得意とし、雑誌や広告をはじめ、多数の媒体で活躍。場所とひと、物とひとを主題として撮影をする。
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