【新生活のモヤモヤ考】前編:どうしてコミュニケーションって難しいんだろう?(作家・尹雄大さん)

ライター 藤沢あかり

新生活はわくわくする楽しみがある一方で、小さな不安も見え隠れ。もしかしたらそれは、「コミュニケーションへの不安」が隠れているのかもしれません。

「一言ずつ自己紹介をお願いします」という言葉に手に汗を握ったり、職場で後輩への伝え方で悩んだり。新しい人との出会いや関わりが増える新生活シーズンは、普段以上にドキドキするシーンがつきものです。

大人になった今もコミュニケーションは難しく、「ああ言えばよかった」「どう思われたんだろう」とモヤモヤすることもしばしば。いつだって「もっと上手になりたい」と思っている気がします。

そんなときに出会ったのが、尹 雄大(ユン・ウンデ)さんの「句点。に気をつけろ」。そこに込められていたのは、「コミュニケーションは言い淀んだり、つっかえたり、冗長だったりでいい」というメッセージです。

意外にも「人と話すのは今も苦手です」と話す尹さん。一緒に、新生活のコミュニケーションについて考えてみました。

 

「コミュニケーション下手」の僕が新入社員だった頃

「今日は、どんな人たちとお会いするのかなと緊張しながらやってきました」

そう切り出した尹さん。インタビューライターとして、これまでにさまざまな有名人・著名人を相手に活動をされていますが、いわく「普通に話せるようになったのは、ここ10年ぐらい」だといいます。

尹さん:
「僕、ものすごく『緊張しい』なんです。実はつい最近、鹿児島へ引っ越したばかりで、まさに新生活の真っ最中。車とフェリーを乗り継いで鹿児島へ渡りましたが、その長い道中も緊張しっぱなしで、ずっと帰りたいと思っていました。家を引き払っているのに、どこに帰るんだ!って自分に突っ込みながら(笑)

『新しい』って怖いですよね。何が起こるかわからないし、場所や環境を大きく変える機会は、今までやってきたことを一旦すべて断つような不安もあります」

尹さん:
「特に、新卒で初めて就職した時は大変でした。今でも忘れられないのが、入社すぐの三泊四日の研修です。みんなでお辞儀の練習をするんですよ。講師がタンバリンを叩いて、20度、30度って。周りは真面目にやっていたけれど、僕はこれって何なんだろう、大人になってやることなんだろうかと不思議でたまらなくて。

自己啓発のグループワークなんかも、『きっとこういう意図だろうな』と元ネタを先読みして、冷めた目で種明かしをしちゃうようなタイプで……ああ、嫌な奴ですね(笑)。同期との交流も目的だったと思いますが、僕は空き時間になるとひとりで本を読んでいて、誰とも打ち解けられず。結局、その会社は3ヶ月で辞めてしまいました」

 

自分を開示しないから、居場所がなくなる?

ではもし、あの場で自分の気持ちに嘘をついて「みんなに合わせて」おけば、それは良いコミュニケーションだったのでしょうか。それもちょっと疑問です。

尹さん:
「当時の僕は、相手の間違いや自分の知識を披露することで、自分を認めてもらいたかったんでしょうね。その気持ちがおかしなねじれになっていたのかな。臆病で、プライドも高かったのだと思います。

話しかけられたいけれど、こちらから話しかけたくはない。自分を開示するのが怖かったんです」

その後、尹さんが先輩の誘いで始めたのは、テレビ局でのADのアルバイト。任された仕事のひとつが、相手から話を聞き、それをまとめてレポートにする電話取材やリサーチです。漠然と抱いていた「書く仕事」への道筋が、ここならあるかもしれないと思ってのことでした。

尹さん:
「ところが……、これがまるでダメだったんです。そもそも電話も受けられないし、要領良く話を聞くこともできませんでした。

あるとき、イベントの工程表を作るように言われましたが、僕はエクセルが使えない。結果、一太郎という文書作成のソフトで罫線を引き続けました。ものすごいやりにくいんですよ。でも、聞けなかったんですよね。エクセルの使い方がわかりません、教えてくださいって、それが言えなかったんです。

自分がその場で歓迎されていると感じられなかったのだと思います。居場所がないと勝手に思い込んでいました。だから困りごとがあっても言葉や態度にできない。

自分を開示しないから居場所がないのに、居場所がないから開示できないのだと逆転状態だったんですね」

 

ジャッジも問題解決もしない。「ただ起きていることを聞く、話す」

コミュニケーションがうまくいかない。気持ちを素直に伝えられない。そんな尹さんの内側が変化し始めたのは、30代を過ぎてからのことでした。

尹さん:
「少しずつ変わっていったのは、これまでにお付き合いしてきた女性たちのおかげなんです。

そもそも僕は感情を口にするということが、うまくできないタイプでした。子どもの頃、父が怒ってばかりいたことも理由かもしれません。自分が思っていることを口に出すと、『なんでそんなこと言うんだ』と拒絶される。それを繰り返すうちに、感情を表すのは価値がないと感じてしまったんでしょうね。

僕は感情よりも、客観的で論理的、整理された思考を重視していました。それが『ロジカルに物事を理解する人』とも見えたんでしょう。いわゆるこう、メガネをクイっとやるような(笑)。でもこれは、コミュニケーションじゃないんですよね。

女性側にしてみれば、ロジカルなところに惹かれてお付き合いをしてみたら、何を考えているのかわからない。そもそも、なぜ感情を口にしてくれないんだとぶつかってしまう。

そこで初めて、『思っていることを口に出していいんだ』と知り、感情というものにアクセスし始めたのだと思います。だいぶん遅咲きですよね」

整理された思考がコミュニケーションでないとすれば、そもそも「コミュニケーション」とは何でしょうか。そんな根源的な問いかけに、尹さんはまっすぐこう答えてくれました。

尹さん:
「『ただ起きていることをきちんと聞く、話す』だと思っています。

正しいから良い、間違っているから悪いというジャッジや問題解決を求めずに、起きていることをそのままに並べて、お互いどう感じているのか、思っていることを話すんです。そうすることで、意外な展開が生まれることもありませんか?」

言われてみると、何も解決していなくても、なんか良かったよね、と感情がほぐれたり、気持ちがくつろいだりする会話を何度も経験しています。話すだけ、聞くだけなのに何かが変わるというのは不思議なものです。

尹さん:
「そうなんです。それこそがコミュニケーションじゃないかな。この年齢になり、やっと思えるようになりました。

よく、『結論から始める』『話は端的に、要点をまとめて』なんて言いますが、それはあくまでも会社の会議だとか、ビジネス上での文法のようなもの。人間同士のコミュニケーションは、そんなテクニックにおさまる話だけではないはずです。

そうは言っても、僕も昔はよく『その話に何の意味があるの?』なんて聞いてたんですよ。『意味なんかない!』って怒られて、『えっ意味ないの!?』って(笑)」

ただ話して、聞く。そこに起こる感情や意見を伝え合う。文字にすると驚くほどシンプルで、けれどもとても難しいなあとも思います。だって自分の本音に目を凝らすと、意見を伝えることで相手にどう思われるのかも気になるし、どうせ話すなら格好良く、スマートに話したい。そんな気持ちも見えてくるからです。

 

コミュニケーションで、弱くてもろい感情が見えてくる?

尹さん:
「そもそも、感情って不完全で不安定なものです。弱くてもろいものだとも思います。

弱いことを認めないことが強さであり、弱さは克服するものだという前提があると、感情と向き合うことが怖くなるのかもしれません。自分の中にある『わたしってこうだよね』というイメージとは違う、『別の自分』にアクセスすることですから」

「イメージしていた自分とは『別の自分』にアクセスする怖さ」。コミュニケーションに抱いていた、見えない不安の正体が少し見えてきた気がします。

これを手がかりに、後編ではコミュニケーションのモヤモヤとどう付き合っていくかを具体的に掘り下げます。たとえば職場や習い事、保護者会などでの自己紹介。新入社員に仕事を教えるとき。こんな場面、あなたならどうしていますか?

 

【写真】神ノ川智早


もくじ

 

尹雄大/Yoon WoongDae/ユン・ウンデ

インタビュアー、作家。1970年神戸市生まれ。政財界人やアスリート、研究者、芸能人など約1000人にインタビューを行ってきた。その経験を活かし、2017年から「その人の話を”その人の話”として聞く」というインタビューセッションや講座を開催している。主な著書に「さよなら、男社会」(亜紀書房)、「モヤモヤの正体」(ミシマ社)、「脇道にそれる」「やわらかな言葉と体のレッスン」(ともに春秋社)、「体の知性を取り戻す」(講談社現代新書)、「聞くこと、話すこと。」(大和書房)などがある。

公式サイト: https://nonsavoir.com/
X: @nonsavoir

 


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