【新・週末エッセイ|つまずきデイズ】丁寧に暮らしてみたいとは思うけれど。
文筆家 大平一枝
第一話:丁寧に暮らしてみたいとは思うけれど。
終点は見えない向こう
21年間母業をやっているが、いまだに失敗の連続である。きのうも長男に「うっせー」と言われた。ソファで寝ているので、自室で寝ろと5回ほど言っただけなのに。
「おかんは小言が多いんだよ」とまで。たしかに5回は多かったか……。
初回から身も蓋もない告白だが、家族なんてこんなものだ。子どもが成人したら立派な大人だと思っていたが、感覚としては中高時代と変わらない。こんなことを書いたら、きっと多くの人に子離れができていないと笑われるかもしれない。
だが、私の母親はいまだに私に小言を言う。まだ私が14歳かそこらだと思っているような感覚すらある。最近は黙って聞き流している。心の中で、「お母さん、私もう21歳の子の母なんだけど」とつぶやきながら。
ひとつ謎が解ければ、次の難題が降りかかってくるし、そろそろ子離れだとたかをくくっていると、長女が赤点を取り、学校から電話がかかってきたりする。気が抜けないもんだなあとしみじみ思う。各駅列車でだんだん母親になり、そろそろ終点かなと思いきや、途中で少し戻ったり、進路変更があったり、ちょっとした停車トラブルが起きる。気づくと、終点はまだずっと先、見えない向こうなのだ。
失敗母さんの旗振り役を
不定期に本サイトで連載をしてきた。テーマは、暮らしの中のちょっぴり面倒なことや、家事や育児や人付き合いは、あれこれ完璧にできないことの連続でもいいかもしれないよ、といったことだ。
編集チームの津田さんから「がんばりすぎているお母さん達の肩の力が抜け、少しでもほっとするようなものを書いてください」とご依頼いただいた。
たしかに、いまの世の中は、もっとていねいに、もっとまめまめしく、丹念に暮らさなければいけない雰囲気に満ちているような少々気もする。
でも、働いているいないに限らず、世のお母さん達はみな忙しい。圧倒的に時間がない。手伝ってくれる祖父母もそばにいない家庭のほうが断然多い。そのうえ、だれもが初めてお母さんを体験するのだ。以前習いましたとか、ちょっとかじったことがありまして、というのがない。
そんなないないづくしの日々の中で、毎日試行錯誤しながら、なんとかきりぬけてゆく。丁寧には暮らしたいと誰もが思うが、現実はそうもいかない。
だったら、少しばかり先に母をした私が、勇み足だったり、見切り発車だったり、元気の空回りで失敗し続けた体験を綴りつつ、そんなに丁寧にオシャレに生きなくても大丈夫よとエールを送る役をひきうけてみよう。いわば、失敗母さんの旗振り役。どんなに失敗したって、少々手抜きをしたって子どもは勝手に育っていくのだから。
人生にイエローカードが出ることはあってもレッドカードはない。イエローからいっぱい学べばそれで結果オーライなのだ。
そんなつまずきだらけの拙い日々から学んだことをこれから綴っていきたいと思います。どうぞ宜しくおつきあいのほどを。
【今週の1枚】
上京25年。初めて目黒川の桜を見た。ビルと川と桜。東京×江戸の光景。
作家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(16歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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