【話し下手なワタシ】第2話:声の記憶が、親子関係をつなぎとめる

ライター渡辺尚子

みなさまは、誰かと会話するのが得意ですか? 私は、子どもの頃から、喋るのがとても苦手です。

もっと上手に話せるようになったらいいのに。そう思ったとき、「あの人」の顔が浮かびました。アナウンサーの山根基世(やまね もとよ)さん、私の憧れの人です。

1話目では、話すよりも聴く力が大切だと教わりました。2回目の今日は、聴くことが親子の関係を深める理由を教わります。

第1話

 

声は、耳で聴くものではなく肌で触るもの

さらに山根さんは「声は、耳に届くのではなく、肌から心に染み込む」と言います。

山根さん:
「私たちは胎児の頃から、聴くことを体験しています。お母さんのお腹のなかにいるときに、羊水を通じて肌で声を聴いていた。耳ではなく、体で聴いているんです」

実際、山根さんが主宰する朗読会にくる子どもたちは、「毛穴から声を聴いて、心に届いている感じ」だそうです。

胎児の頃に得た、聴くことの心地よさを、知っているからなのでしょうか。

 

幼い頃聴いた話が親子関係をつなぎとめた

山根さんには、「聴く力」の大切さを実感した経験があるといいます。

山根さん:
「私自身、幼い頃は母に読み聞かせしてもらっていました。

私は本当に親不孝な子で、母とは喧嘩ばかり。母と娘はやっかいだなあという気持ちが強くて、手放しで母を礼讃できるような関係ではなかったんです。

けれども、母が私に読み聞かせてくれた記憶が、壊れそうな親子関係をつなぎとめてくれました」

山根さんはそう言って、ふいにこんな言葉を口にしました。

 月夜の晩に おさらがとんだ、

 めうしがとんだ、

 ファララララルド。

山根さん:
「ずっと忘れていたのに、先日ふと思い出したんです。幼い頃に母が読み聞かせしてくれた絵本に書かれていた言葉です。どこに潜んでいたんだろうって感じなのですが、70歳になってもすらすらと口にできるんですね。

そういうことを思い出すと、聴くことの奥深さを感じます」

 

身近な大人の声が、その子を生涯守る

それから山根さんは「幼いときに聴いた言葉は、生涯、その子の宝になるのよ」と、一冊の本の存在を教えてくれました。

それは、童話作家・椋鳩十の『お母さんの声は金の鈴』(あすなろ書房)。

山根さん:
「椋鳩十は幼い頃、おばあちゃんから囲炉裏端で毎晩昔話を聴かせてもらっていたそうです。その声、その語り口、やさしい心が全部伝わってきた。その体験が、童話作家になった彼の原点なんですって。

椋鳩十はこんなことを語っています。子どもの頃に聴いた母の声や先生の声は、そのときの感動や思い出とともに、子どもの心のなかに入っていく。そしてその声は、子どもが成長して、いつか人生の崖っぷちから落ちそうなときに、金の鈴のように鳴って、危険から救ってくれる……って」

また、作家・太宰治も、幼い頃の「聴く」体験を糧にした一人です。

山根さん:
「太宰は、お母さんが病弱で、お母さんの妹にあたるキエ叔母さんの胸に抱かれて毎晩、昔語りを聴かされていたのだそう。

津軽弁の美しい響きを、あたたかい胸の谷間で聴き続けたことが、彼の肉体に蓄積されて、彼の文学の原点になったと、私は思っているんです」

 

読み聞かせ上手には、どうしたらなれる?

読み聞かせの記憶が、母と子を生涯つないでくれるなら、しっかりと関係をつなぎたいと思います。

どんなふうに読んだら、子どもの心に届くでしょうか。

山根さん:
「そうですね。声には必ず心がついてくるものだから、読んであげるときの、この子に読んであげようというやさしい思いが、伝わると思います。

毎日が慌ただしくて、日によって読めたり読めなかったりしても、数が少なくても、心をこめて読んだ、読んでもらったというのが、大切な絆になっていくのではないでしょうか。

大袈裟にお芝居しなくていいし、上手に読む必要もありません。

読んで聴かせるというのは、子ども自身が、子どもの心のなかで、自分の絵本をつくること。素直に、良い物語だなあと自分が思うものを聴かせてあげればいいと思いますよ」

 

きっと誰もが、誰かの声に守られている

幼い頃に聴いた声が、生涯、その子をつないでくれる。

それは父母の声のこともあるでしょうし、太宰のように親戚の声だったり、人によっては先生だったり、近所のだれかの声かもしれない。その声が金の鈴になって、自分を支えてくれているのかもしれない。

その声をかけてもらった記憶がなくても、大人になった自分が、幼い誰かの金の鈴になれるかもしれない。

山根さんのお話を伺いながら、そんなことを考えました。

 

【写真】小澤義人

 

もくじ

 

山根基世

1948(昭和23)年、山口県生まれ。1971年、NHKにアナウンサーとして入局してから36年間、「関東甲信越・小さな旅」「新日曜美術館」「ラジオ深夜便」ほか、美術番組、旅番組、主婦や働く女性を対象とした番組や、ニュース、ナレーションなどを担当した。2005年、女性として初のアナウンス室長。2007年に定年退職後も、ドラマ「半沢直樹」のナレーションをはじめ、フリーランスのナレーター、アナウンサーとして活動中。同時に「声の力を学ぶ連続講座」を主宰し、地域作りと言葉教育を組み合わせた独自の活動を続けている。「感じる漢字」「ことばで『私』を育てる」「話したい、使いたい 心ときめくことばの12か月」他、著書多数。


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