【いまに続く、あの日の一歩】辻恵子さん 前編:すべてのはじまりは「失敗作の水彩画」だった
ライター 鈴木雅矩
写真:鈴木智哉
誰にでも、 ”はじめて” の瞬間があります。
新しく何かを始めた時の喜びや、戸惑い、あっちかなこっちかなという迷いを感じる時間。いま活躍されている方々にもそんな時間がありました。
特集シリーズ「いまに続く、あの日の一歩」は、 ”はじめて” をテーマにさまざまな方にお話を伺う新連載です。vol.1となる今回は、切り絵作家・イラストレーターの辻恵子さんにご登場いただきました。前後編の2話でお届けします。
こんなの、見たことない!魔法のような切り絵
▲創作の道具は、意外にも普通に売っているハサミとペンでした。
辻さんは、1998年に切り絵作家としてデビューし、現在まで多数のイラストや絵本を制作してきました。そして、2016年にはNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のオープニング映像のイラストを手がけています。
辻さんが得意とする創作は ”切り絵” です。
切り絵というと、単色の紙にカッターで穴を開け、後ろから色紙をあてがったものを想像しますが、辻さんは、チラシや新聞紙から人物像を切り出す、独自の手法で作品を製作しています。
▲辻さんの切り絵制作の様子(早回しをしています、BGM・音声はありません)
下書きもなく、フリーハンドで数十秒。切り抜かれた作品は、あらかじめ塗り分けられたかのように、チラシの柄が人物の髪や服になっています。
まるで魔法のようですが、その創作の原点はどこにあったのでしょうか?
幼少期の手遊びが、いまの原点に
辻さんの創作の原点は、幼少の頃にありました。ご両親ともに絵が得意で、おじさまは切り絵作家という家に生まれた辻さんは、大人が使うような、鋭くて大きなハサミでチラシから宝石などを切り抜いて遊んでいたそうです。
辻さん:
「広告代理店に勤めていた父の画集や写真集が、家には数多くあり、幼い頃からそれらの本に刺激を受けていました。
小さい頃から美術がわりと好きで、中学の時に先生から『辻さんは、絵描きになれそうだね』と言われて、『いつかはなるんだろうな』と思ったことを覚えています。
絵描きかどうかは分からなかったけれど、なにかしら絵に関わる仕事につくんじゃないかと考えていました」
すべてのはじまりは、「失敗作の水彩画」
▲辻さんの初期の作品たちは、すべて絵の切れ端を切り抜いて作られています。
高校を卒業後、絵と英米文学に興味があった辻さんは、当時お茶の水にあった専門学校「文化学院」の文学科に進学。
文化学院を卒業後は、著名なイラストレーターを数多く輩出する「セツ・モードセミナー」に通います。
文化学院とセツ・モードセミナーに通った5年の間、辻さんは精力的に創作を続けていました。その中で発見したのが、辻さんの持ち味になっている切り絵の手法です。
辻さん:
「最初は、失敗作の水彩画や油絵を切り抜いていんたんです。絵として駄作だったとしても、紙片はすごく綺麗だったので、そのまま捨ててしまうのではなくて、遊んでみようと思って。
やり始めたら面白くなり、時には机の上に山になるくらい、何時間も切り絵を作り続けることもありました。
しだいに切り絵に使える水彩画が底をつき、手元にあった新聞紙やチラシから作品をつくるようになったのです」
“一枚の紙” の中に隠れたものを切り出す
遊び心から生まれた切り絵の手法。後に、辻さんはその製作手法が、文化学院時代に衝撃を受けた詩の一節とリンクしていることに気づき、驚いたそうです。
その詩は、イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクの詩の一節でした。
一粒の砂に世界を、
野の花に天国を見るには…
(以下、略)
-ウィリアム・ブレイク「無垢の予兆」より
辻さん:
「野の花や砂粒など、あまり注目を集めない日常茶飯事のものでも、詩人にとっては、『こんな素敵なものがここにあったのか!』という発見になるんです。
私はチラシや新聞紙を切り抜いて作品にしますが、それは普段からみなさんがよく目にするものばかり。
日常のなかで見落としてしまうものの中にも、実は素敵なことが隠れているんじゃないか。そんな風に思っています」
私たちが、普段気にも止めていないチラシから、人や動物が生まれてくるという ”発見” 。それを見た時に、多くの人が子供のように目を輝かせる、と辻さんは言います。
辻さんの作品を見ると、チラシを見るたびに、「ここにも何かが隠れているのでは?」と考えてしまいます。辻さんの切り絵は、見る人に、子どものような無垢な視点を取り戻させてくれるのです。
1ヶ月後に個展の開催!?作家としての一歩を踏み出したとき
▲最初の展覧会で展示された作品のひとつ。
作品は作るだけでなく、人に見せて、はじめて完成するものです。
辻さんがはじめて人に作品を見せた場所は、母校である文化学院のギャラリーでした。
辻さん:
「はじめての個展を開催したのは1998年の時です。
文化学院には『画廊文化学院』というレトロで素敵なスペースがありました。いつか使ってみたいと、気軽な気持ちで問い合わせてみたら、急遽改装のため1ヶ月後までに開催しなければならなくなって……。
その時は本当にできるのかしら?と不安になりつつも、とにかく準備を進めました。
なんとか開催することができ、来てくれた人が『次も楽しみにしているね』って帰っていく。準備は大変でしたけれど、すごく嬉しかったですね。
その展覧会がきっかけで、お仕事の依頼が来るようにもなりました。思えばそれが、私の作家としての第一歩だったのかもしれません」
物事を始めると、それを続けることもできますし、途中で別の道に移ることもできます。
展覧会を機に、作家としての一歩を踏み出した辻さんは、現在まで18年間の間、創作を続けてきました。2016年には個展の回数が40回を超え、絵本の出版をしたり、雑誌のイラストを担当するなど、活躍の幅を広げています。
辻さんが創作の道を選び続けた背景には、どんな思いがあったのでしょうか?
次回は、辻さんが一歩を踏み出したあとのこと、そして今に至るまでのお話をお伺いします。
※取材協力:Cafe NOMAD(カフェ・ノマド) – 東京・根津
(つづく)
もくじ
切り絵作家 辻恵子
切り絵作家・イラストレーター。文化学院文学科卒業。チラシや新聞紙など身のまわりにある紙を素材に切り絵作品を制作。日本各地での個展や、絵本の制作など幅広く活躍する。2016年にはNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のオープニング映像のイラストを手がける。
ライター 鈴木雅矩
1986年生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸輪行旅行に出かける。帰国後はライター・編集者として活動中。自転車屋、BBQインストラクターの経歴があり、興味を持ったものには何でも首をつっこむ性分。おいしい料理とビールをこよなく愛す。
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