【気が張るときに】前編:生まれたまんまの質で生きる。絵本作家・五味太郎さんの絵本

【気が張るときに】前編:生まれたまんまの質で生きる。絵本作家・五味太郎さんの絵本

編集スタッフ 壽山

新年度がはじまり、いつもよりやや緊張しながら数週間を過ごした方も多いでしょうか。環境や暮らしが変わった方もいれば、何も変わっていなくても、周囲の変化にどこかソワソワすることも。かくいう私も家族の環境の変化などで、やや落ち着かない日々を過ごしていました。

「ちゃんと振る舞わないと」「早く慣れないと」と、小さな無理を重ねやすいときですが、そんなときこそ手に取りたくなるのが、絵本作家の 五味太郎 ( ごみたろう ) さんの絵本やエッセイです。

代表作『きんぎょが にげた』を、ご覧になったことがある方もいらっしゃるでしょうか。 1977年に出版されてから幾度も重版をかさね、アメリカ、イギリス、台湾、韓国ほか全9カ国で翻訳出版されたベストセラー。

ページをめくるたび部屋から部屋へと逃げ隠れする愛らしいきんぎょの姿に、気持ちがフッと緩まります。


ゴキゲンに逃げつづける。きんぎょの物語

きんぎょが にげた。

どこに にげた。

おや また にげた。

こんどは どこ。......

『きんぎょが にげた』(福音館書店)p.2-8より

「逃げる」という言葉には、どこか後ろめたいイメージを抱きます。幼少期に「苦手なこともがんばりなさい。逃げてはいけません」と学校でも家でも教わったような感覚もあります。ところが、絵本の中で逃げるきんぎょの楽しそうなこと。どんなことを考えながら、五味さんはこの絵本を描かれたのでしょうか?

五味さん:
「この本も含めてどの絵本も、あんまり頭を使って描いたわけじゃなくて、心と体で描いたものを出したら、子どもに受けて、絵本作家になっていたんだよね。あまり整理されたり理論化されたりしていない、絵と言葉が同時進行する世界だから。

たとえば文章だって、きんぎょが主語なのか、飼い主が主語なのか、ナレーションなのか、読む人によって解釈も読み方もぜんぜん違っていて面白いよ。僕はそれをただニコニコしながら聞いてます。

『逃げる』って、もしかしたら本能的に体の中にある言葉なのかもしれない。たとえば子どもの頃、自分より体が大きい奴との戦い方って、一言でいうと『逃げる』でしょ。逃げ足が早くなくちゃね。なんか嫌だなとか、あまり好きな空間じゃないなあとか、悪い要素を見つけたら、なるべく早く手を打たないと」


生まれ持った質で生きていくしか、しょうがない

五味さんいわく、この水は美味しいか、不味いか、などの肉体的な感覚と同じような「嫌だ」という感受性に対して、無防備な人が多いと感じているのだとか。

五味さん:
「たとえばこの野菜は栄養があって美味しいんだよと言われて仕方なく食べるのか。僕は美味しくないから、栄養が何かもよくわからないし食べません、なのか。どちらかを頼りに生きていくしかないと思うんだよね。

たぶん僕は小さい頃から体がそんなに強くなかったから、自分の感受性が一種のセンサーみたいなもので、フル稼働して生きていかないと参っちゃう。敏感に生きていないとやられちゃうんだよね。

そういう生まれ持った質のまんま生きていくしかしょうがないよね。だってこれで生まれたんだから。この素材で生きるしか、それ以外勝負のしようがない気がする。そこに対して、無防備な人が多いなって思うことはよくあります」

五味さんの「無防備」という言葉を咀嚼するのに、少し時間がかかりました。自分の弱点や質をカバーするために、自分を守るつもりで無意識にやっていることが、逆に無防備だったなんて。社会に合わせて生きることは、大人だったら当たり前のことだと、疑問を持ったことすらありませんでした。


真面目って、怖いこと?

私を含めきっと多くの人が、そんなに強くはないけれど、何かしらの無理をしながら無防備に生きて、疲れる場面が多いように感じます。そんな話をしたら、五味さんが初等教育について30年以上前から感じていたことを話してくれました。

五味さん:
「自分の時代からあまり何も変わっていないんだけど、学校に入ると、静かにしなさい。先生の言うことをききなさい。発言するときは手をあげて許可を求めなさい、と教わるでしょ。何か問題が起きたら、すぐに対処することを求められ期待される、あの形式が体に染み込んでいるんだよね。だから真面目な人や成績が優秀な人、つまり期待に応えようとする人ほど、しんどくなる。同世代でも元気なのは、好き勝手やってる人たちが多い。そう考えたら真面目って怖いことだなと思うよ」

▲初等教育への疑問を中心に頭に浮かぶままコメントを書き連ねたエッセイ『大人問題』(講談社)。「オレなりの文章のスタイルを発見できて、楽にかけるようになったよ」(『五味太郎絵本クロニクル』p .228より)

「今もう幸せだから、もう少し行こうか」

たしかに真面目にやればやるほど疲れる、というのは誰しも経験がありそうです。誰のせいでもなく、ただ生真面目な自分に疲れる、と感じることも私はあります。真面目なタイプは、どうシフトチェンジすればいいのでしょうか?

五味さん:
「先日、博物学者の荒俣宏さんと対談する機会があったんだけど、人間ってよくなろうとすると、だいたいつまずくよねって話が出たんだよね。 “よくなろう” というのは翻って、今がよくない印なんじゃないかと。 “幸せになろう” も、不幸の表れとも捉えられる。つまり “今もう幸せだから、もう少し行こうか” くらいがちょうどいいのかなと思います。

同じように子どもに対しても、今のままじゃダメかもしれないと大人が何かしようとするけれど。今のままでもう十分幸せなんじゃないかと、子どもたちを見ているとよく思うんだよね。むしろアイツらの方が冴えてる(笑)」

▲『がいこつさん』(文化出版局)P.8。「何か忘れていることがあるなぁ、大事なことを……といつも思っている自らのクセを、がいこつに託してみたんだ。かなりピタリときたね。歯みがきはメタファーだよ。」(『五味太郎絵本クロニクル』p .88より)

肩に力が入っている時ほどうまくいかず、空回りするのはよくあることです。子どもにも、もっと何かしてあげられることがあるのじゃないかと、親としてジタバタした経験もいっぱいあります。

五味さんと話していると、ひとつひとつ、自分の思い込みから解放されていくような感じがしました。五味さんだけでなく、みんながそれぞれ生まれもった質のまんまで生きていく方法はあるのでしょうか。つづく後編では、五味さんが思うこれからの生き方について詳しく伺います。


photo:鍵岡龍門

五味太郎

1945年生まれ。工業デザインの世界から、絵本を中心とした創作活動に入る。400冊近い著作(共著含む)を発表。海外30カ国以上で翻訳出版されている。2025年に絵本作家デビュー以来50数年間で描いたすべての著作を並べる展覧会『五味太郎 絵本出版年代記展 「ON THE TABLE」』を開催。同時に全著作について自身の解説も交えた『五味太郎 絵本クロニクル 1973-2025完全版』(アノニマ・スタジオ)を刊行。現在は千葉県佐倉市立美術館にて『五味太郎絵本クロニクル展』と題して巡回中(2026年7月5日まで)

感想を送る