
どこにいてもスマートフォンでだれかとつながれる時代。便利な一方で、SNSの投稿を見て自分の仕事や趣味ももっと充実させなくちゃと焦ったり、画面の向こうの強い言葉に心や考えが引っ張られてしまったり、家族や身近なひとの行動につい過干渉になってしまったり。
そんな中、「自分と他者との境界線」をうまく引くことが大切だという話もよく見聞きします。果たして私はちゃんと引けているのだろうか、と時に不安になることも。
この悩みにそっと寄り添ってくれたのが、田中真知(たなか まち)さんの著書『風をとおすレッスン』(創元社)です。この本では、田中さんが世界を旅した経験や、国や時代を超えたさまざまな文化、文学作品の例を通して、「人と人との間(あいだ)」、そして「自分の中に存在する間(あいだ)」を見つめ直します。

本の冒頭、こんな言葉が印象に残ります。
ー つながりたいというのは、人間の基本的な欲求だ。人はつながることによって、さまざまな困難を克服してきた。しかし、過剰なつながりは、かえって人を不自由にする。
ー だが、つながりを断ち切れば自由になれるというわけではない。人とのつながりなしに自由はありえない。だいじなことは、「つながりにとらわれないこと」だ。そのためには、つながりを断ち切るのではなく、ゆるめることだ。
『風をとおすレッスン』より
つながりが過剰になりやすい今の時代で、自分にとっても他者にとっても心地よい「ゆるやかなつながり」をつくるためには、どんなことを意識したらいいのでしょうか。
まだ寒さが残っていた2月のある日、田中さんにお話を伺いたくてお会いしてきました。前後編でお届けします。
あひるとかっぱと一緒に旅をする?

中東やアフリカで長年過ごしてきた経験をもつ田中さん。世界各地を取材した著作やエッセイを多数出版されています。
そんな田中さんが、旅をするときに必ず一緒に持っていくのが、「あひる」と「かっぱ」の小さなぬいぐるみ。行き先は、アフリカのコンゴ河や、エジプトやスーダンの砂漠、マダガスカルの平原など。ともに旅するうち、いつしかぬいぐるみは旅の持ち物から、旅の同伴者になっていったといいます。
田中さん:
「はたから見たら、ちょっとヘンに見えるかもしれませんが、あひるとかっぱを連れていると、私という一人称のときは見えていなかったもの、三人称の視点からの世界が見えてくるんですよ。
持ち歩いているうちに、それぞれの性格が浮かんできて。あひるは知ったかぶりで偉そうで格好つけたがりな性格。かっぱはちょっと臆病だけど好奇心がある素直な性格。気がつくと、彼らがどんなおしゃべりをしているか頭の中で想像して楽しむようになりました」

田中さん:
「アフリカの旅はトラブルに事欠かないんですが、大変なときに、このあひるやかっぱをみると、表情からしてなんだか楽しそうにしているわけです。トラブルなんかまったく気にしていなさそうに見える。それをみていると、深刻だと思っていたトラブルがそうでもないような気がしてきて、気持ちが軽くなる。
さらにあひるの視点に立つと、自分ひとりだと思い浮かばなかったほかの選択肢やアイデアがあることに気づく。自分と世界とのあいだに隙間が生まれる、そんな感じです」
人称が変われば、世界の見え方が変わる

田中さん:
「人称が変化するだけで、世界の見え方が変わるというのは面白いなと思いました。もちろん、あひるやかっぱの言葉は、私自身の中から出てきたものですから、自分の中の別人格や分身みたいなものともいえます。
ロベルト・アサジオリというイタリアの精神科医は、人間は、一つの貫徹性を持った『私』というのが必ずしもあるわけではないと言っています。そして自分の持っているさまざまな側面のことを、『サブパーソナリティ』といいます」
▲田中さんのあひる(ラバーダック)コレクションの一部。世界各国の土産店などでご当地ダックを見かけるたび、少しずつ集めてきた
田中さん:
「世界中どの国の子どもも、共通して人形遊びをしますよね。だれかになりかわってしゃべったり、ふるまったり。そうやって自分の中に少しずついろんな他者をすまわせて、対話を繰り返し、社会性を身につけていきます。
でも、社会や組織の中で生きていくうち、『この私にしか存在理由がない』『自分はこういう人間だからこう振る舞わなきゃいけない』という強迫観念を持ってしまうことがある。とくに『親』や『世間』という存在は、私たちが心のうちに取り込む他者のひとつですが、支配的な他者になりがちです。いつしか、その視線や評価を恐れすぎて、『こうしなくてはならない』というみえない命令に縛られる。そうするとその一つの役割だけを演じ続けなくてはならなくなり、苦しくなってしまう。
本当は、いろいろな私がいていい。今はたまたまこうだったけれど、次の瞬間にはまた違う私でいられる。人間の自我、つまり『私』という感覚は実は非常にゆるいもので、置かれている状況によってキャラは変わるし、自分というものはいかようにも変わってくるものだと思います」
「私」の中の、小さな私たち

エジプトのカイロに長く暮らし、現地のさまざまな文化に触れてきた田中さん。あるとき、ザールと呼ばれる伝統的な悪霊祓いの儀式をみて、「私」という概念について気づいたことがあったといいます。
田中さん:
「悪霊祓いというので不気味な雰囲気を想像していましたが、実際は楽団が民家に訪れて打楽器で音楽を奏でて、出入りも自由で、まるで近所の寄り合いみたいな空間だったんです。地元の方に聞いてみると、『人間の中には、矛盾するいろんなものがすみついている。彼らを喜ばせるためにザールをやるのだ』と。祓うのではなく、音楽で悪霊のご機嫌をとるだけかよ〜と驚きました。
私の中にいる複数の人格には、よからぬことをする悪霊ようなものもいるけれども、それもまた『私』の大切な一部であり、その存在を否定しないというのは、アフリカの伝統的な考え方によくあって、東洋の陰と陽の考え方にも似ています。陰があるからこそ陽がある。両者は常に表裏一体で、見て見ぬふりをしたり隠蔽したりはできても、どちらか一方を完全になくすことはできない」

田中さん:
「私の中の小さな私。たとえば社会的に承認されやすいアイデンティティの私のその奥に隠れている、いくつもの別の私。その小さな私を存在しないものとしてしまうと、不満が溜まり、もしかしたら悪霊のように膨張して自分や他者を攻撃するようになってしまうかもしれない。その前に、声を上げられる居場所をつくり、耳をかたむけてみる。
自分の中のたくさんの私とほどよくつきあうことができるようになると、おのずと他者とも、ほどよい距離感でつきあえるようになるんじゃないかなと」
ただ、その場の空気を柔らかくしたかった

「私」という概念を解きほぐすヒントを、軽やかに教えてくれる田中さんですが、その視点はどのように培われてきたのでしょうか。子どもの時代のことから遡ってお話を伺いました。
田中さん:
「小学生ぐらいのときは、人を笑わせるのが好きでした。今思うと、両親が不仲で家の中がいつも殺伐としていたので、その重い空気を何とか和らげたいという気持ちが根底にあったのかもしれません。人の衝突や気まずい雰囲気が、とにかく苦手でした。
でもふざけているうちに、つい夢中になって、みんなが飽きているのに気がつかず同じことを続けてしまうんです。『空気が読めない』といった目で見られたり、『幼稚だな』と言われたりしました。その場の空気を柔らかくしたくてふざけていただけなのに、当時の自分には仲間はずれにされる理由がわからなくて、自分って一体何なんだろうってよく悶々と考えていましたね」
田中さん:
「そのうち、みんながやることや目指すものからできるだけ離れたいと思うようになって。でも弱いままは嫌で、自分の領域を侵されないぐらい強くはなりたいと、高校生になると当時の日本ではまだ珍しかった中国の武術を習うようになりました。だれも知らない、ある意味 ”辺境” な分野に身を置きたかったのだと思います。
大学生のとき初めてヨーロッパを一人で旅しました。そのときスペインで会った旅行者が、ここから船でジブラルタル海峡を渡ればモロッコに行けると話していたのを聞き、なんとなくモロッコへ行ってみました。ところが、そこが別世界でした。何度も騙されて『ああ、自分は世の中のことを何も学んでいなかった。学校の勉強や本で学んだことは、生きていくということと、またちょっと違うんだ』と思ったんです。思いもよらない出来事を通して、逆に旅の面白さと魅力にハマっていきました」
大学卒業後は編集のアルバイトや科学雑誌のライターをしながら、もっとアフリカを旅したいと思いつつアラビア語を学んでいた田中さん。25歳のとき、エジプトの南のスーダンという国で調査をしていた文化人類学者に手紙を書き、飛び込むように現地へ向かいます。
田中さん:
「自分の想像をはるかに超えた世界があると気づきました。若者が武装勢力にリクルートされて村を出ていくとか、日本であれば簡単に治る怪我や病気で人が死んでしまうとか。思いどおりにならない、さまざまな脅威の中で、人は生き延びるために、それぞれの工夫をしている。その生き方はさまざまで、正解があるわけではない。世の中は、自分が思っているよりもずっと複雑なのかもしれないと思いました。
その後、パートナーとともに新婚旅行をかねて、またスーダンに向かいました。そのまま、たまたま縁あってエジプトのカイロに住むことになり、旅行ガイドの仕事などで生計を立てながら8年ほど暮らしました」
その間に、アフリカや中東各地を旅し、息子さんの小学校入学のタイミングで日本へ帰国した田中さん。日本とエジプト、それぞれの文化やコミュニケーション、子育て観の違いを肌で感じ、人と人との距離感について思いを巡らせるようになっていきます。
後編では、現代を生きる私たちが心地よいと思える自分と他者との距離感について、もう少し問いを深めていきます。
【写真】神ノ川智早
もくじ
第1話(4月14日)
「私」の中の、小さな私たち。世界を旅して見つけたこと
第2話(4月15日)
自分と他者のあいだに。必要なのは、期待しないコミュニケーション
田中 真知
1960年生まれ。作家、立教大学観光研究所研究員、元立教大学講師。エジプトに8年にわたって滞在し、中東・アフリカを旅して回るなかで、コミュニケーションや対話について考えるように。著書に「旅立つには最高の日」(三省堂)、「美しいをさがす旅にでよう」(白水社)、「孤独な鳥はやさしくうたう」(旅行人)、「増補 へんな毒 すごい毒」(ちくま文庫)ほか多数。「たまたまザイール、またコンゴ」(偕成社)で第1回斎藤茂太賞特別賞を受賞。あひるとかっぱの人形とともに旅をするあひる商会CEOも務める。
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