
家を作るという決断には勇気が要ります。賃貸に比べて制約のない自由な家づくりが叶う一方で、ひとつひとつの決めごとが、容易には巻き戻せない怖さも。住まいを買うとは、住まいに対する姿勢を定めていく機会でもあるように思います。
今回訪ねたのは、店舗や空間のデザインを手がける「studi PSHKE(スタジオ プシュケ)」を主宰する 稲数麻子 さん、夫の 智也 さん。
以前訪ねたとき、当時の住まいは賃貸で、DIYを各所に凝らした工夫ある暮らしを送っていました。

あれから数年、魅力的な物件との出合いを機に、中古のマンションを購入したという稲数さん。ものづくりを生業にするお二人は、 “住まい” をつくることとどう向き合ったのでしょうか。
住居兼仕事場から、「暮らし」に向き合う住まいへ

のどかな商店街を抜けた先にある、築約50年の中古マンション。1年半前にリノベーション前の状態で購入し、スケルトンに戻すところから家づくりがはじまりました。
稲数さん:
「いつか持ち家が欲しいと憧れる気持ちはありましたが、賃貸でさまざまな家に住んでみることにも面白さを感じていました。
ただ次第に、月々に払う家賃のお金を、もっと自分たちらしい住まいづくりに投資して見たいと思うようになったんです」
探し始めて半年後、都内で理想的な物件に出合い、購入。そこから半年にわたる設計とリノベーションの期間を経て、昨年夏に住まいが出来上がりました。

フルリノベーションをするにあたり、間取りの案を20近く書き出したという稲数さん。以前は自宅を仕事場と兼ねていて、生活道具と仕事の道具が一緒くたに置かれた住まいでした。そんな暮らしをリセットし、仕事場を別に借り、住まいはより"暮らし” 中心の場所へとシフトすることに。
"暮らしに向き合う” というシンプルなテーマが、住まいの細部を決めていく大切な指針となったようです。
まっさらな状態から今の間取りにデザインされるまでに、どんなことを考え、決めていったのか。前編ではその視点を聞いていきます。
広さ60平米。自分たちの手におさまる、適切な広さ

ドアを開け、細い廊下を抜けた先には赤茶色の壁が目を惹くリビングダイニングが広がります。広さ60平米。自分たちのライフスタイルにしっくりくる広さを選びました。
稲数さん:
「はじめて内見にきたとき、窓から入る光の柔らかさに惹かれ、間取りも立地もほぼ100点の物件でした。
欲を言えばもう少し広ければとも思いましたが、広ければその分手入れの必要が増しますし、今の自分たちには、この広さがちょうどいいだろうと考えました」
仕事柄住まいは都心に近い方がよく、すると予算的にも戸建てよりはマンションがベター。戸建てで部屋数が増えれば、その分管理に手間がかかり、「片付けが苦手」という稲数さんにとって、ものを整理する負担にも繋がります。
暮らしと仕事、どちらも充実させたい人生の今の段階で優先順位を考えたとき、「60平米」という広さはちょうどいい選択肢だったようです。

引越しの前にはフリーマーケットを開き、たくさんの雑貨や衣服を手放したとか。住まいをサイズダウンさせるため、物を減らしたかったことに加えて、ここ10年の間で更新された自分の好みを一度整理したかったというのも理由のひとつ。
家づくりは、今の自分が心地いいと思えるものを見直すきっかけにもなったようです。
ものの定位置を決めて作った「ぴったり」の台所

ものが多いという稲数さん。とくに収納が使い勝手を左右するキッチンは、台所道具を洗い出し、それぞれの居場所をあらかじめ決めた上で専用の棚を設計した箇所も。
計画的な収納場所の確保で、引越し後の運用がずいぶん楽になったといいます。
▲料理好きのお二人はスパイスや調味料も豊富に常備。それ専用の収納棚を
▲コンロ横の収納棚は、この先いろいろな使い方ができるようにと大きめの容量に
稲数さん:
「メインで使う台所道具や器は、コンロの左手に収納棚を設けました。調理や盛り付けで必要なときにさっと手に取りやすい高さも、鍋やフライパンなど、大きな道具がおさまる十分な容量も気に入っています」


壁際の収納扉は、背の高いウォーターサーバーのためにあつらえたもの。よく手に取るお気に入りの料理本はキッチン上の棚に定位置を。
ここまで「ぴったり」のインテリアが叶うのは、リノベーションの醍醐味です。
心から”落ち着く” 色を、部屋の中心に

家の印象を作るのは色。稲数さんの住まいのキーカラーは「赤茶色」で、リビングを基点にキッチンの作業台や洗面台のタイル壁などあちこちに取り入れられ、住まいのトーンを揃えています。
稲数さん:
「自宅と仕事場を分けることに決めてから、ならば住まいはとことん落ち着ける場所にしたいと。その要素を意識するようになりました。
これまでさまざまな家に住んできた経験を振り返り、自分たちが本当に落ち着く色はなんだろうと話し合いました」

結果選んだのは、温かみのある赤茶色。住まいの壁一面をこの色にすることにはじめは勇気が要りましたが、いざ取り入れてみればナチュラルに空間になじんだとか。
土壁を思わせる風合いは、アンティークの家具や古物の家具にも心地よく調和しています。
「自分たちの暮らし方」を考えて編んだ間取り

玄関を上がり右手には、ベッドと本棚だけが置かれたシンプルな寝室。「眠る部屋は眠るだけの場所がいい」と、必要最低限のものだけを置くようにしています。
寝室から壁を隔てずひと続きにつながるのは洗面台、ついでバスルーム。この配置にもこだわりがあります。

稲数さん:
「朝起きてすぐに顔を洗い化粧をするのが日課で、それが目覚ましにもなっているので、ベッドルームの横に洗面台を置きました。
ホテルの部屋のように起きたらすぐ身だしなみに入れて、夜のお風呂上がりからの流れもスムーズです」

寝室の向かいには、広さ3畳ほどのウォークインクローゼット。壁一面のポールに1年分の衣服が掛けられています。ここで衣服を選び、アクセサリーとバッグを身につけて、そのまま玄関へ。
朝起きてから身支度まで、リビングやダイニングを行ったりきたりせずに済む間取りは、自分たちの暮らしを客観的に捉えたからこそ生まれました。
自分の暮らしをデザインできるのは、自分だけ

まっさらなスケルトンの状態から、暮らしの形をイメージし、ひとつひとつ大切なものを整理して作り上げていった稲数さんの住まい。
それが深い思考を経て出来上がったものであるからか、まだ越して1年に満たないとは思えないほど、住まいはすでに住み手の人柄が染み込んでいました。
住まいをデザインする上で、大切なのは「自分たちの暮らし」を客観的に眺める視点。何に心地よさを感じ、何が好きなのか。純粋に見つめることが、専門的な知識以上に家の "芯” を作るのだということに、お二人の住まいに立って、気付かされた気がします。
つづく後編では、出来上がった箱をどう色付けしていったのか。稲数さんらしいもの選びの姿勢を伺っていきます。
【写真】上原未嗣
アートディレクター・デザイナーとして、イベントの空間装飾や店舗デザイン、インスタレーションアート制作など幅広く活動する。また、「美しいを哲学する」をテーマとした活動体「PHILOSOPHIA」を主宰し、2022年にインディペンデントマガジン「ELEPHAS」を創刊。Instagram @asakoinakazu
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