【自分が宿る家】後編:住まいは自分を詰め込める、いちばん自由なものづくり。(稲数麻子さん)

【自分が宿る家】後編:住まいは自分を詰め込める、いちばん自由なものづくり。(稲数麻子さん)

ライター 瀬谷薫子

店舗や空間のデザインを手がける「studi PSHKE(スタジオ プシュケ)」主宰の 稲数麻子 ( いなかずあさこ ) さん、夫の智也さんの新しい住まい。

前編ではまっさらなスケルトンの状態から、自分たちの暮らしの形をイメージし、間取りを決めていくまでの経緯を追いました。

つづく後編では、できあがった土台に、色付けをしていく様子。手をかけたポイントを伺っていきます。


素材選びが、心地よさをつくる

家の中でもとりわけ気に入っているというキッチン。料理が好きで、食事を大事に考えているからこそ、日々ここに立つ時間が心地よくあるような内装を意識しました。

前編でも紹介した収納の工夫に加えて、特に手をかけたのはキッチンカウンター。ダイニングの壁と同系色のタイルを貼り、キッチンでありながらくつろぎの場所とひと続きであるような、温かみのある空気が生まれています。

稲数さん:
「カウンターに使った人造大理石のタイルは本来キッチン向きではないものですが、色合いと柄が好みで、内装の仕事をする上でも一度試してみたかったもの。自分の家だからと、実験的に取り入れました。

過度に熱いものや酸性のものに触れないよう気をつけていますが、今のところ問題なく使えています」

カウンターの片隅をくり抜き、一人掛けのスペースを。ここで食事をとったり、ちょっとした作業をしたり、食卓とキッチンの中間にあるような場所としても機能しています。

床材のベースに選んだのはカーペット。同様に以前から気になっていたという、サイザル麻素材のカーペットを敷きました。

結果、これがフローリングにはない温かみを添え、住まいをよりリラックスできる空間に変えています。


家具は出合い。自分の目で見て、触って選ぶ

リビングスペースには、部屋の幅ぴったりに置かれたソファが。理想を求めて探す中、偶然の出合いがありました。

稲数さん:
「五反田にある中古の家具屋さんで見つけました。当初白を選ぶつもりはありませんでしたが、思わず体を沈めたくなるような素材感と、2人と1匹が横になっても余りあるぐらいの贅沢な広さに惹かれて。いずれ汚れればカバーを色染めして使っていきたいと思っています」

雑貨と同様、家具も実用性だけでなく、部屋との調和を考えて選ぶもの。できるだけオンラインでは買わず、自分の目で見て触れて、確かめてから迎えることが、長く大事にできる、後悔のない買い物につながっているようです。



DIYは、ものを作るだけでない「住みがい」を作ること

以前の賃貸では、DIYの家具を多く取り入れていた稲数さん。今の住まいも見渡せばあちこちに、手づくりの彩りが添えられています。

稲数さん:
「カーテンは、大阪にある『YUGE FABRIC FARM』のデッドストックの布地3種類を継ぎ合わせて作りました。手作りならではの素朴な仕上がりも気に入っています」


▲今年立ち上げたプロダクトブランド『peripateo』のバッグ


ソファに置かれたパッチワークのクッションやバッグも、彼女が新たにはじめたものづくりのブランド『peripateo(ペリパテオ)』のもの。暮らしに自らの手を加えていたい気持ちは、賃貸から持ち家になった今も変わらず、根源にあるようです。

稲数さん:
「住まいの施工も、一部を自分たちで手がけました。下地になる石膏ボードにパテを塗る作業を、友人たちの手も借りながら、真夏に汗だくになってやったのは良い思い出です。

くたくたになるまで体を動かし、ご飯を食べてぐっすり眠ること自体がパソコンに向かってばかりの日々には新鮮で、なんだか生きているなという実感がありました。

コスト削減のために自分たちでやろう、なんて言っていましたがそれは言い訳で、要はただ自分たちの手を使いたかったんだなと。住まいに関わる実感を得たかったのだと思います」


住まいは、自分だけの自由なものづくり

構想から施工まで、年単位の時間をかけて少しずつ作り上げてきた住まい。出来上がった今も終わりはなく、新たに加えたい家具や、手を入れたい場所、小さな宿題はまだまだあるといいます。

ただ彼女の言葉には、未完成のもどかしさより、終わりのないワクワクのようなものを感じました。

稲数さん:
「いちから作ってみて気づいたのは、住まいとはもっとも純度の高い、自分だけのものづくりだということです。

誰にも邪魔されずに自分の好みで作ることができる場所。なんて自由なんだろう、ならば存分に楽しみたいと思いました」

リノベーション前の住居を取り壊す際、あえて残した箇所がいくつかありました。前の家主が残した木の格子壁に、障子の引き窓。和の空気を纏うそれらは、住まいのキーポイントのように目を惹きます。

稲数さん:
「リノベーションでは、不要なものと一緒に良いものまで取り壊されてしまうことも少なくありません。でも私は、その中で宝に見えるものを見つけ出すのが好きなんです。

道端に落ちている石を拾って持ち帰るように、誰も見向きもしなくとも"美しい"と感じるものを大事にしたいと思っています」

好ましいと感じたものを、臆さずに試すことができる場所。住まいは彼女にとって、自分を確かめる場所なのかもしれません。


手をかけた住まいには、「自分」が宿っていく。

こうしてできあがった今の住まい。暮らしながら感じたことを、稲数さんはSNSで写真とともにに綴っています。

洗い物をしながらふと見たキッチンの風景、飾った花が思いがけず陽に当たり美しく見えたこと。住まいは、完成がゴールではない。暮らしを重ね眼差しを向け続けることで、魅力は増していくものなのだと。日記のような投稿の連なりからは、彼女の向き合い方が見えるようです。

稲数さん:
「家には、その時々の暮らしや生き方が表れていくものなのだと思います。

写真に残しておくと、ふと見返した時に『あの頃は仕事が大変だったな』とか『こんなものが好きだったな』とか、当時の自分を思い出すのが面白くて。だから私は家に手をかけていたいし、その様子を残していきたいのだと思います」

住まいは毎日ふれるもの。考えてみればどんな装身具よりも身近な身につけるものであって、だから自分が宿る。稲数さんが家づくりを通して向き合い続けているのも、自分自身なのではないかと思いました。

いずれ振り返ったとき、そこに「自分」が暮らしていたなと思えるように。自分だけの宝箱を作るような気持ちで、住まいに好きなものを詰めていきたいと。前向きな気持ちを、稲数さんの住まいから教えていただいたようです。


【写真】上原未嗣

アートディレクター・デザイナーとして、イベントの空間装飾や店舗デザイン、インスタレーションアート制作など幅広く活動する。また、「美しいを哲学する」をテーマとした活動体「PHILOSOPHIA」を主宰し、2022年にインディペンデントマガジン「ELEPHAS」を創刊。Instagram @asakoinakazu

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