【ドジの哲学】自分がいなくては、しっかり家事をしなければ、と思っていたが
文筆家 大平一枝
ドジのレポート その8
家出事件簿
夫の出張中、当時中学3年の息子と小学6年の娘の怠惰な態度に業を煮やし、日曜の昼間に家を出たことがある。ご飯も何も作らず、お金も置かず「しばらく二人で暮らしなさい。米はある」と言って出てきた。
私は地元のスパに行き、その後、喫茶店2軒をはしご。今度は電車に乗ってシネコンの映画を見に行った。夜、映画を一人で観るなんて何年ぶりだろうと考えたら、出産して以来だった。
しかし、突然できた時間は予想外に、けっこうとまどうことばかりだった。23時ともなると街でやることも尽きて、手持ちぶさたなのである。さて、今日はどこへ泊まろう。ビジネスホテルか、サウナか。休日に突然友だちの家を訪ねるのは迷惑だろう。
結局、また電車で戻り、近所のママに泣きついた。ワインとつまみで夜1時頃まで過ごさせてもらい、そっと自宅に帰宅。
荒れ放題を想像して部屋を覗くと、玄関、キッチン、食器棚の引き出しの中まできれいに掃除され、洗濯物はとりこんでしまわれていて、次の洗濯物まで干されているではないか。
翌朝起きたときの、とくに娘のがっかりした顔が忘れられない。
「なんだ、帰ってきたんだ。本気でおにいちゃんと暮らしていこうと思って家事を分担してたのに」
むしろ迷惑そうな顔で言われた。短気な私は一瞬ムッともしたのだが、別のところでしみじみとした気持ちも芽生えた。ああ、こうやっていつかこの子たちは自立していくんだなあ、と。食事から洗濯から、私がいなくては何もできないと思っていたが、自分の足で立ち、生活を紡ぎだすのもそう遠い先ではない。なにせ、私自身、18歳から親元を離れているのだから。
これは数年前のことで、今でも、ときどき娘が笑い話にする。
「あのとき、ママが帰ってきてホント、テンション下がったわあ。出ていくならかっこ良く最低でも3日は帰ってこないもんだよ」などと。
今の暮らしも、子どもたちにとっては一瞬の止まり木のようなもの。人生というスパンで考えれば、自分で生活を営む時間の方が圧倒的に長い。
つごう13時間余の家出で学んだのは、中途半端な家出はただの外出でしかない、そして、母でいられる時間は思ったより短いということである。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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