【スタッフコラム】「欲しがる気持ち」からちょっと離れて。所有できない存在に、会いにいく。
編集スタッフ 齋藤
▲夏の間ねむっていた革ものの鞄も、久々に取り出しました。
デパートや駅ビルの中をふと通りすぎると、ワインレッドや深いピンク、キャメルにダークグリーン、ニットにスエードのパンプス、ずらりと並んだ秋の装いが次々と目に飛び込んできます。
夏の爽やかでクールな雰囲気とはまた違い、ちょっとアンニョイで色っぽいモデルの表情についつられ「あぁ深い色のチークが欲しいなぁ、リップも欲しいなぁ、ネイルも欲しいなぁ」と、むくむくと欲望が自分の中で育っていくのを感じる日々。
けれど長い目で見たときに「必要ない」としっかりわかっている自分もいるのです。欲に忠実になるのもアリかもしれませんが、そのまま突っ走ることで損なわれるものもきっとあるわけで。
ついふらっと誘惑に引っ張られる自分と、それを自制する自分。そんなふたつの自分の狭間で、揺れて、動いて、なにも決断なんてしていないのに、後にはぼんやり疲れ果てているわたしだけが残ることもしばしばです。
そんな時に見に行ったのが、現在代官山のヒルサイドテラスの上に作られている、美術家・川俣正(かわまたただし)さんの作品でした。
日常の風景にぽんっと現れた、自分のものにできない存在。
▲2017年の8月より代官山のヒルサイドテラスの上に木材を重ねて、美術作品を作っています。
木材をただひたすら組んでいくインスタレーション(場所や空間全体を作品として体験させる芸術)で、『工事中』という名前がついています。
しっとり雨降る最中、代官山交番前の歩道橋の上から、しばらく作品がつくられていく様子を見ていました。10代の頃から何度も見ている歩道橋の真っ青な欄干、その向こう側で拡大をつづける見たことのない不思議なフォルム。
木材が重なり合ってどんどん視界に入りきらない巨きな存在になるにつれ、ひとつの「美術作品」というよりも、海の中のうねる渦や、こんこんと水が湧き出る山の中の湖のような、途方もないものを見ている気分になりました。
そしてこういった気持ちこそ、今回わたしが確認したかったものだと思ったのです。
無くなることを前提とした、美術作品。
もちろんここに何かを作ってくれと頼んだ人がいる以上、この作品は誰かが権利なりを所有しているのでしょう。
けれども川俣正さんの作品は、そのどれもが仮設。つまりある一定の期間は存在するけれど、そこを過ぎたら解体してしまうのです。
なのでいま目で見えているこの構築物を、そのまま手元において置くことは不可能。同じ美術作品というくくりの中にあれど、絵画や彫刻のように美術館に保存することや、誰かのコレクションにすることはできないのです。
自分の欲望の、丁度良いサイズって?
建物も土地も空すらも、個人でないかもしれませんが、誰かが所有しています。特に人が作ったものに囲まれた都市の中で暮らしていると、目に入るほとんどのものに、誰が決めたのか値段がついている。対価さえ払えば、もしかしたら自分もそれらを手に入れることができるかもしれないわけです。
そしてその可能性の中で、わたしはあっちに行ったりこっちに行ったりして疲れているんだなぁと、ぼんやり思いました。
わたしは川俣さんの作品のことを、勝手ながら「現象」というものを表現していると思っています。「現象」は保存できるものではなく、やがて消えるもの。どれだけ手を伸ばそうと、風をつかもうとしてもつかめないのと同じように、手に入れることはできないのです。
そうしたものを感じることで、自身のものでありながら目には見えていない「欲」というものの限界値というか適切なサイズのようなものが、いい意味で「なんだこんなものか」とストンと腑に落ちたように思いました。
そしてそれが確認できると、なんだか憑き物が落ちたみたいに身軽になっていたのです。「欲」とはわたしの原動力にもなるけれど、ちょっとした刺激で増幅して、生み出した本人ですら持ちきれなくなってしまうんだなぁと、ふと思いました。
わたしは東京生まれ東京育ち。小さい頃から大量のものに囲まれ、「何を所有しているか」で、自分というものを規定してゆくような環境で生きてきました。
そんな東京のど真ん中で、やがて消える虹や雨のように、誰のものにもできない存在があることに今一度気がついて、なんだかほっとできたのです。
(ちなみに代官山交番前の歩道橋は、今年いっぱいでなくなってしまうのだそうです。なのでそこからの風景も、見れるのは今だけ)
作品概要:作品名『工事中』、作家・川俣正、会場・アートフロントギャラリー(東京都渋谷区猿楽町29-18 ヒルサイドテラスA棟)、会期期間・2017年8月18日(金)〜9月24日(日)
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