【特別記念エッセイ】02:誰もがはじまりは「新米母」だった(文筆家・大平一枝さん)
文筆家 大平一枝
「できなかった私から、できずに凹んでいるかもしれないあなたへ」
それなら書けるかも
3年前の9月、本ウェブサイトで連載を始めた。
僭越だが、少しその時のことを記したい。
企画を依頼されたとき、編集チームの担当者・津田さんにこう言われた。
「当店は、最近読みものにも力を入れ始めました。料理を作ろう、部屋を整えよう、ケーキを焼こうなどなど、暮らしを楽しむ企画案がたくさん上がっています。それはもちろん大切にしたいことですが、ふと毎日の暮らしって楽しいばかりじゃないなぁと思いまして。たとえば月100本の記事を出す中で、2〜3本くらい。 “ちゃんとていねいにできない日があっても大丈夫かも” と思えるものがあったら、救われるなと思うのですが、力を貸していただけませんか」
私は深くうなずいたのだった。
なぜなら、ていねいにも、きちんとともできず20年余も母親をやってきてしまったからだ。パンを焼こう、家を心地よい空間に整えよう、たくさん持ちすぎずシンプルに生きるために暮らしを見直そう。私が子育てをしてきたこの10年はとくに、世の中に素敵な暮らしの情報や提案があふれていて、少々息苦しかった。
「ていねいに」ではなく、「自分のものさし」で「自分が心地よく」なら、書けるかもと思った。
こうして、連載『家の中の、ちょっぴり面倒なこと』が生まれた。
点が線になってゆく
連載の第1回が「新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく」である。
この作品は思いのほか、たくさんの反響を頂き、3年経たつい先日も、「3人の子育てにがむしゃらに頑張って10数年が経ち、こんなので良かったのだろうかと悶々していた頃、エッセイを読んだ。私だけじゃない、私はそんなに間違ってなかったと少し自分の10数年間の育児を褒めてやりたくなった」という内容の、長いお便りをいただいた。ああ、そんなに間違っていなかったと思ったのは、こちらの方で、胸が熱くなった。
いっぽうで、自身も二児の母である大和書房編集者・コミヤさんも本作を目に留めていて、ご連絡をいただき、1冊のエッセイ集にまとめられた次第である。
新米母は各駅停車で
本書の一部を再掲したい。
新米母は各駅停車でだんだん本物の母親になっていく。
自分流でいいんだなあと肩の力が抜けたとき、ふと梅や味噌やらっきょうを漬ける隙間時間があることに気づく。
余裕がないと見えなくて、余裕があると見えるものはたくさんある。
路傍の石、夕刻の茜空、子どもの淋しげなまなざし、ボールのように膨らんだりしぼんだりする自分の心。
子どもが幼い頃はなにもかもがいっぱいいっぱいで、見えなくなりがちだけれども、手探りの力ずく、失敗の日々の中で、少しずついろんな謎が溶けてゆく。
一生終わらないんじゃないかと思う子育ての日々は、けっこう早く、するりとその手からすり抜けてしまう。
だから、あまりがんばりすぎず、正しいお母さんを目指しすぎないでいい。
—『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』より
子どもなど勝手に巣立つ。私にも、そろそろパンを焼けるゆとりができてきた。自由な時間が増えて嬉しいはずなのに、この切なさはなんだろう。
本物の母になどなれなくていいから、もう少しだめでよれよれのお母さんをしていたいとこっそり願っている。そして、これからもへこたれそうな誰かの小さな救いになるのであれば、喜んで、頭をあっちにぶつけ、こっちにぶつけてきた私の試行錯誤の道程を、綴ってゆきたい。
大平さんのエッセイが、本になりました!
当店で連載中の大平一枝さんのエッセイが、1冊の本になりました。刊行を記念して、当店でも特別エッセイをお届けしています。
タイトルは「新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく」(大和書房)。当店未掲載や書き下ろしも加えた、読み応えたっぷりの1冊です。
ただいま全国書店やAmazonにてお買い求めいただけます。
※Amazonでご予約・ご購入いただいたお客様のみ、大平さんの暮らしや家事アイデアをまとめた「書き下ろしミニコラム」をプレゼント中です。詳細はこちらの記事をご覧ください。(応募期間:9/14~9/24)
【イラスト】ミヤギユカリ
もくじ
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。プライベートでは長男(22歳)と長女(18歳)の母。
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