【スタッフコラム】 わたしの「手袋」も
編集スタッフ 奥村
昔読んで以来、忘れられない本があります。
脚本家・向田邦子さんのエッセイ「夜中の薔薇」。この中の「手袋をさがす」という話です。
それは著者がまだ20代前半の頃に、手袋をもたずにひと冬を越したときのエピソード。
手袋なしでは外も歩けないほど寒かった当時。でも、彼女は着けたいと思える手袋が見つからず「ならば着けない方がまし」と、かじかんだ手で毎日を過ごしていたといいます。そんな様子を見かねた周囲の人が、ある日彼女にこう言いました。
「あなたのそのこだわりは、手袋だけの話じゃないかもしれない。今のうちにその性格を直さないと、一生後悔するかもしれないよ」。
ショックを受けた彼女はその晩、自分自身の性格について考えたそう。
けれど、考え抜いて出した答えは、この性格を「貫き通してみる」こと。
頑固で不器用な自分は、きっともう変えられない。ならば「短所」だと嘆くより、そんな性格を突き詰めて生きてみよう。そう思い、以来ずっと、自分の短所に居直ることにしたというのです。(その後、彼女は脚本家に転身していきます)
これを読んだ当時のわたしは、確か大学3年の冬。ちょうど、就職活動に疲れている頃でした。
進路を考えながら、自分の心情が上手く言葉にできないもどかしさと、けれど「どこでもいい」とは思えないこだわりの強い性格の狭間でがんじがらめになって、いつも心は焦っていました。
要領のいい友人と自分を比べて、自分の不器用さや頑固さが「短所」なのかもしれないとはじめて意識したのもこの頃。そんな時にこの本を読んで気持ちが軽くなったのは、こんな風にだって生きていけるんだと思ったから。
彼女にとっての手袋みたいに、人とはずれているけれど変えられない部分に「短所」という名前をつけなくたって。それをもったまま、大人になったっていいのかもしれないと。
わがままな考え方かもしれませんが、はじめて自分で自分の味方になってあげられた気がして、そのとき感じた小さな解放感は今も忘れません。
年末、本棚の整理をしていたらたまたまこの本を見つけて。ページの端がたくさん折られ、繰り返し読んでシワのついた姿を眺めていたら、当時の感情を思いだしました。
あれからしばらく経ったけど、やっぱり今だって変わらず頑固で、こだわりが強く不器用なわたしはきっと「手袋」みたいな何かをいくつももっています。
それはなかなか変えられなくて、めんどうな部分ももちろんあるけれど、あの頃より今が楽しいとも思えるのは、そんな自分の面倒さも含めて引き受けていこう、と少しだけ思えるようになったからなのかもしれません。
久しぶりに読み返したその本は、小さな納得感とともにすとんと心に落ちてきて、またいつか読み返したいと思いながら、そっと本棚の奥にしまいました。
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