【金曜エッセイ】手紙は一点物だと思い出させてくれたもの

文筆家 大平一枝


第七十七話:ものぐさな私の悩みを解決してくれた紙片


 

 美容室で、なぜだか“請求書”の話になった。美容師も私も個人事業主なので、時節柄、お金を処理する作業って大変だよねというような流れからだったと思う。

 私は、とにかく経費精算や請求書を発行する作業が大の苦手である。計算ミスや発行日の打ち間違いが甚だしく、何度も見返すのに必ず印刷が一度ですまない。ひどいときは宛名欄を別の編集部にしたり、郵送してから「計算が違いますよ」と連絡をいただき再発行したりすることも。
 ウェブ決済もだいぶ増えたが、いまだにいくつかは郵送で発送なので、その時期が来ると少々憂鬱になりながら一日延ばしにしていた。

 先方から催促が来て初めて重い腰を上げるというなさけない日々が続いたあるとき、この嫌で嫌でしょうがない作業を、なんとか楽しいものにできないかと考えた。催促をされないと動けない自分に心底うんざりしたのだ。

 まず、ちょっと凝った図柄のスタンプをいくつか買ってみた。仕事にちなんでペンや万年筆を握る手元のそれを選んだ。ビビッドなブルーやグリーンのスタンプ用インクも調達。封筒のおもて面の端に、トレードマーク的にひとつ押す。うん、ワンポイントがいい感じ。
 裏面には、好きな古切手を封筒に3〜4枚コラージュした。

 もともと、友達が海外に旅行する際、お土産を尋ねられたら、相手が蚤の市や古道具屋が好きな場合、古切手をお願いしていた。
 息子のイギリス土産は、古い教会の地下ショップで買ったアフリカ諸国の古切手だった。
 モナコに行った知人からは、各国の花をモチーフにした古切手20枚入りの袋と、人物や人形などをモチーフにした20枚入り。あちらでは、国別ではなく、図柄のテーマ別、色別に近隣諸国の切手を集めたものがひとまとめにされていて、選ぶのも楽しいという。地続きで諸国が連なる大陸ならでは。日本の古道具屋にはない売り方だ。

 私信にはもちろんだが、これを請求書や献本封筒の裏面にコラージュするのがじつに楽しい。味気ない事務的な茶封筒が、とたんににぎやかになるからだ。それだけで、印刷の封筒にはない個性が宿る。

 切手とインクの色を合わせたり、相手のキャラクターに合わせて「歴史好きのあの人ならこの埴輪はどうだろう」「食いしん坊の人にはフルーツを」と想像を巡らせたり。
 請求書であれ、どんな封書であれ、手紙は一点物であるということを思い出させてもくれる。

 先日、返却資料を送った先の相手からメールで質問された。
「あの珍しい切手はどこの国のものでしょうか?」
 小さなデザインの窓に興味を持ってくれたことが嬉しかった。古切手をこんなふうに使うなんて初めて見ました。いいものですね、と添え書きされていた。

 この話を前述の美容師にしたら、「お仕事の対価を請求する文書にそんなあしらいがあったら、あなたとの仕事が楽しかったですよっていう気持ちも伝わりますね」。
 そこまでは想像していなかったので、急に嬉しくなった。ひょっとして、仕事がなんとか続いているのはあの小さな紙片のおかげだろうか!?

 ちなみに今日は古切手付きを2通投函した。1通は建築が好きそうな編集者なのでニューヨークのトリニティ教会を。もう1通は、いちかばちかセネガルの花の図柄にしてみた。
 どちらも初めてのお相手だ。どんな反応があるかしら。じつはそれも隠れた楽しみなのである。

 
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文筆家 大平一枝

長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

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