【57577の宝箱】どうしようもないことばかりの日々だけど 笑顔を作って頬を染めてく

小説家 土門蘭


メイクをし始めたのは、多分、高校生の頃だと思う。
まつげにマスカラをつけて、頬にチークを塗って、先生にお小言を言われない範囲のメイクで学校に通っていた。大学生になってから、ファンデーションやアイライン、アイシャドウを覚え、社会人になってからは眉を描き、唇に色を乗せるようになった。

基本は全部独学だ。友達の見様見真似や、雑誌でかじった知識を元手に、試行錯誤の日々。うまくできているかわからないけれど、さっきよりはマシに見える。こんな顔にしたいというイメージはないけれど、コンプレックスは隠したい。それが自分のメイクだった。

そんななので知的好奇心もあまりなく、長年メイク方法が変わっていなかったのだけど、年齢を重ねるうちに、少しずつ自分の独学メイクが似合わなくなっていることに気がついた。10年以上更新していないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

どうしたものかなと思っている中、ある日友達に「メイクレッスン受けてみない?」と誘われた。街中に、プライベートレッスンを単発で受けられるところがあるらしい。私は「行きたい!」と即答し、さまざまなコースから「ナチュラルメイク」という項目を選んで予約した。

今の自分に似合うメイクを教われたらいいな。そう期待しながら、レッスンの日を待った。

§

会場に行くと、マスクをした若い女性が出迎えてくれた。アイラインがしっかり引かれた目元に、長いまつげに、白い肌。お人形さんみたいな顔の彼女が、講師を務めてくださるのだという。

ソファに向き合って座った後、彼女はにっこりと笑い、
「まずは『ナチュラルメイク』とは何か、ということからお話しますね」
と言った。

「直訳すると『自然なメイク』ですが、本来ナチュラルメイクが目指しているのは健康的な美しさです」
例えば、と彼女は続ける。
「まるでお風呂上がりのような血色の良い肌、たっぷりした眉毛やまつ毛、いきいきした目元……あの人元気そうだな、潤っているな、というヘルシーな雰囲気を引き出すのがナチュラルメイクなんです」

へえー、と私は感心する。確かにナチュラルメイクって、「無難なメイク」とか「厚すぎないメイク」という、消極的なイメージしかなかった。だけど、ちゃんと「健康的な美しさを引き出す」という積極的な目的があるんだな。

私たちはさっそく鏡の前に座り、前髪をピンで留めてスタンバイする。目の前にいろんなメーカーのコスメがずらりと並んでいるのを見ていたら、これから違う自分が見られるのだと思ってワクワクした。

§

まずは化粧下地を塗り、クリームファンデーションを塗る。ファンデーションはまず目元の下に逆三角形を描くように塗りましょう、とお姉さんが言った。顔の中で一番出っ張っているところに色を乗せれば、他はあまり塗らなくてもいい。それだけでメリハリができて明るい印象になるのだそうだ。

「次にチークを塗りましょう」
友人にはピンク、私にはオレンジのチークがあてがわれた。
「チークってなんだか久しぶり」
と言うと、お姉さんは頷いて、
「みなさん、マスクをし始めてからチークをしなくなったとよくおっしゃいます。だけど、チークってすごく有能で、血色のいいお肌を作るには欠かせないものなんですよ」
と言った。

「じゃあ、にっこり笑ってみてください」
言われた通りにっこり笑うと、その時できた頬の一番高い場所に、ぽんぽんと色を乗せられた。それから、目尻の方へ向かってスッと色を延ばす。わー、と思わず声が出た。これだけで、自分の顔色がパッと明るくなる。お姉さんが「うん、いいですね。オレンジ似合いますね」と笑った。

一番難しかったのは眉毛だ。私は若い頃に眉毛を抜きすぎて半分くらいなくなっているので、ちゃんと描かないといけない。
「一本一本、眉毛を足していくような感じで……土門さんは、直線的なマニッシュな眉が似合いますね」
と、お姉さんがお手本として片眉を描いていってくれる。最後にブラシでぼかすと、自分の顔がさっきよりもはっきりと洗練された感じに見えた。ちょっと描き足すだけでこんなに変わるなんてびっくりだ。

それから、上まぶたに金のアイシャドウを乗せ、唇にオレンジピンクのリップを乗せた。色を乗せられるたび、自分の表情や雰囲気がガラリと変わっていく。それがすごくおもしろかった。

仕上がった顔を見ながら、お姉さんが満足そうに頷く。

§

「よかったら髪の毛も巻いて行かれますか」
そう言われて、「ぜひ」と私たちは即答した。友人と隣り合いながら、コテでクルクルと髪の毛を巻いてもらう。

まるで、子供の頃によくやったお人形遊びや塗り絵みたいだなと思った。手元の女の子たちがどんどん華やかに可愛らしくなっていくのを見るのが好きだった。身につけさせる色を少し変えたら大人っぽく知的になったり、溌剌としたスポーティなイメージになったり。

あの感じで自分自身だって変えることができるのかもしれない、と髪を巻かれながら思う。これまではアラを隠す感じで化粧をしていたけれど、「なりたい自分像」を思い浮かべたらもっと楽しくメイクできるのかもしれない。

鏡に映る自分は、ここに来たときよりもずいぶん元気に見える。艶のある肌、血色の良い頬、豊かな眉毛。それらを見ていると自然と口角が上がり、背筋が伸び、目が開く。元気な色で描かれるうちに、心まで本当に元気になったようだ。

そう言えば、「メイク」には「作る」という意味もある。メイクって、なりたい自分を自分で作り出すことなのかもしれない。

「お二人とも素敵ですね」
素敵な私を作ってくれたお姉さんが、鏡越しに微笑んでいる。

 

“ どうしようもないことばかりの日々だけど笑顔を作って頬を染めてく ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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