【57577の宝箱】ろうそくが一本増えるたび願う 心の火だけは絶やされぬよう

小説家 土門蘭


この間、誕生日を迎えて36歳になった。

毎年思うのだけど、誕生日を迎えると見知らぬ街に来たような気持ちになる。
これはあの感覚に似ている。深夜バスに乗って、始発もまだ動いていない新宿駅に降り立った時の気持ち。24時間営業のコンビニやファストフード店しか開いていなくて、街は閑散としている。土地勘もなく、腰を落ち着ける場所もなく、荷物は大きなリュックサック1個だけ。これからこの街で活動するのだと思ってもなんだか実感が湧かなくて、うっすらと寂しく心許ない気持ち。
誕生日を迎えるとなぜだかいつもそんな気持ちになるのだけど、同じような気持ちになる人はいるのだろうか?

誕生日と言ったって、昨日の続きでしかないはずなのに、年齢が変わっただけで私自身が強制的に変えられたような気がする。それは別に、年齢を重ねることが嫌だとか歳をとりたくないとかいうわけではなくて、ちゃんと楽しくやっていけるのかなぁと心配になるような感じ。そんなだから、私にとっては昔から誕生日というのはちょっと気が重たくなる日だった。日が経てば、この新しい街にも次第に慣れることはわかっているのだけど。

だから誕生日の朝はどうも早く起きてしまう。私はお盆休み中に生まれたので、毎年誕生日は学校も仕事もない。それでもなんだかそわそわして、いつもよりも早く目が覚めてしまうのだ。

今年の誕生日も、早く起きすぎてしまった。
スマートフォンに映る「8月16日」という表示を眺めながら、「誕生日が来たなぁ」と、ひとりベッドの上でぼんやりする。まるで、新宿駅のハンバーガーショップで頬杖をついていた、いつかの早朝のように。

§

家族はまだみんな寝ているし、起きて家事や仕事をする気にもならない。ベッドの中でゴロゴロしたまま、スマートフォンに入れている漫画アプリをふと開いた。その中に、一条ゆかりさんの『正しい恋愛のススメ』という作品があるのを発見した。

一条ゆかりさんなら、昔「りぼん」という漫画雑誌を買っていた頃『有閑倶楽部』を読んで知っている。懐かしいなぁと思ってそれを開いたら、読み始めてすぐにハマってしまった。ストーリーもキャラクターも絵も全部魅力的で、ものすごくおもしろい。誕生日の憂鬱や寂しさを忘れて、私はその漫画をしばし読み耽った。

主人公は、要領が良くてなんでもそこそこうまく立ち回る高校生の男の子。口癖は「まっいいか」「いいけどめんどくさい」で、将来の夢もやりたいこともない。「てきとーに生きてりゃてきとーに決まるんだろ 将来って」と思っている。

そんな主人公に、クラスメイトの友人がこんなことを言う。
「だから退屈すんだよ 自分から動かなきゃ人生つまらないぜ 受け身ばかりが上手な竹田クン」

竹田くんはそう言われてムッとするのだけど、その時ようやく自分が退屈していたことに気が付く。そして「たまに違う自分になってみたいな これこそ夢だけど 今までの竹田博明じゃなくって 新しい竹田博明」と、ベッドの上で考えるのだ。

このシーンを読みながら、何だか今の私とリンクしているみたい、と思った。理由のない退屈と不安はよく似ている。「てきとー」にしているとすぐ陥るところも、打ち破るには「めんどくさい」を克服しなくちゃいけないところも。

竹田くんはその後、新しいバイトを見つけたり恋に落ちたり秘密を持ったり、いろんなドラマを巻き起こし、私は感動しながらその作品を読み終わったのだけど、
「だから退屈すんだよ 自分から動かなきゃ人生つまらないぜ」
というセリフがずっと頭に残っていて、私はがばりと起き上がった。

降り立った36歳という街を、冒険してみようかな。

§

とは言え、実際にはここは新しい街ではない。いつもと変わらない、私の家、私の街だ。それでも冒険できるヒントを、私はくだんの漫画から教わった。

つまり「受け身ばかり」でなく、「自分から動く」こと。今までの自分から変わりたいなら、今までの自分が選ばなかった方を選ぶこと。きっとそれが、人生を冒険するコツなのだ。

その日、家族と近所の喫茶店にお昼ご飯を食べに行った。よく行くお店で、私はそこでいつもオムライスを頼む。でも、その日はナポリタンを選んでみた。「めずらしいね」と長男が言う。
「36歳の目標は、『1日1個、新しいことをする』にしようと思って」
へえー。いいやん。そんなふうに家族のみんなが言い、私は照れながら笑った。
初めて頼んだナポリタンはトマトの甘酸っぱい味がしておいしかった。やっぱり私はオムライスが一番だと思ったけれど、たまにはナポリタンだっていいものだなってわかった。

それから私のお気に入りのタルト屋さんで、誕生日のケーキを選んだ。いつもなら大好きな桃のタルトを選ぶところだけど、今回はこれまで食べたことのなかったすもものタルトを選んでみた。食べてみるとこれが桃のタルトと双璧を成すほどのおいしさで、私はその出会いを喜んだ。

食べながら、この出会いこそが自分から自分への誕生日プレゼントかもしれないなと思う。今まで好きだったものも大切にしながら、新しく好きなものを増やしていく。

「だから退屈すんだよ 自分から動かなきゃ人生つまらないぜ」

せっかく新しい駅に降り立ったのだから、どんどん出かけたらいいのだろう。
行ったことのない場所、食べたことのないもの、観たことのない映画、会ったことのない人。どんな味だろう? どんな匂いだろう? どんな性格だろう? どんな気持ちだろう?

好奇心の火は自分でつけるものだ。
今後も誕生日ケーキのろうそくには、ぜひその火を自分のためにつけてあげたい。

 

“ ろうそくが一本増えるたび願う心の火だけは絶やされぬよう ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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