【57577の宝箱】一日の中から時間を取り出して ハーブティーの湯気で満たして

文筆家 土門蘭


年上の友人が、とても美味しいハーブティーを作っている。

数年前ふらりと立ち寄ったマルシェで、ハーブティーのお店を開いている彼女と偶然再会した。久しぶりのことだったので、彼女が以前の仕事を辞めてハーブティーを作っていることもまったく知らず、しばしの間、驚きつつも互いに近況報告をした。
「ちょっと試飲してみる?」と勧められ、小さなカップに入った真っ赤なハーブティーを飲ませてもらう。とても美味しくて、「わっ」と声が出た。
「こんなに美味しいハーブティー飲んだの、初めてかも」
お世辞ではなく、本心からそう言った。それくらい美味しかったのだ。「えー、ほんと?」と彼女は嬉しそうに笑う。

私はその場で、2種類のハーブティーを買った。ひとつは、彼女が試飲させてくれた真っ赤なハーブティー。もうひとつは、ルイボスチャイ。
「こっちは牛乳とか豆乳と一緒に、蜂蜜をたっぷり入れて飲んでね」
と彼女は紙袋に詰めながら言った。

それまでにもハーブティーは何度か飲んだことがあるけれど、そんなに「美味しい」という印象を持ったことがなかった。カフェインも砂糖も入っていなくて、うすぼんやりとした味。でも体に良さそうだから、なんとなく飲む。失礼ながら、そんな印象を持っていた。
だけど彼女の作るハーブティーは、しっかりと美味しい。味が濃いというわけでなく、味わい深いのだ。オーガニックで余計なものは極力入れないという彼女のこだわりのもと、シンプルに作られているはずなのに、どのハーブティーも飲みやすく、滋味深く、香りがいい。

すっかりハマってしまい、私は毎晩彼女のハーブティーを飲むようになった。マルシェに出店されていたら必ず買うし、友人にもよくプレゼントした。

そうするうちに、彼女に「うちの店のパンフレットを作る手伝いをしてくれない?」と言われ、今は一緒に仕事をする仲だ。もちろん、いちファンでもあり続けている。

§

「どうしてこんなに美味しく作れるんですか?」
打ち合わせ中にそう尋ねると、
「実は私自身、ハーブティーの味が苦手だったんだよね」
と彼女が言った。

でも「体に良い」ということは知っていたし、調子が良くなっているのは感じていたので、ずっと飲み続けていたのだという。そのうちハーブのことを自ら勉強するようになって、「私みたいにハーブティーが苦手な人でも、飲みやすくて美味しいって思うものを作りたい」と思い、ブレンドにこだわったハーブティーを作り始めたのだそうだ。

彼女の作るハーブティーは、味だけではなく見た目もおもしろい。ティーバッグには分けられておらず、茶葉がそのままパッケージされているリーフタイプなのだが、小さな花びらや葉っぱがビニル越しに見えて、かわいいポプリのようにも見える。

「お茶を飲むだけじゃなくて、淹れる時間も楽しんでほしくて」
と、彼女は言った。

「仕事や家事をしてたら『ああ、疲れたな』って思う瞬間あるじゃない。そういう時に、自分の体や心に耳を傾けて、『今日はこのハーブティーにしよう』って茶葉を選んで、ゆっくり淹れてほしいなって思うんだ。自分で茶葉を混ぜて、スプーンで掬って、お湯を注いだ時の茶葉の動きとか、色合いとか、香りを味わってほしい。単に飲むだけじゃなくて、お茶を淹れて飲み終わるまでの時間全体を、五感で楽しんでほしいなって」

それを聞きながら、自分の毎日を振り返って反省してしまった。
忙しい日々を過ごしていると、つい何も考えずに茶葉にお湯を注いでしまう。それで、出来上がったものをゴクゴク飲んでおしまい。もちろん毎回「美味しいな」と思っているけど、その他の楽しみを私は見落としていたんじゃないだろうか?

彼女の作るハーブティの背景にそんな想いがあったのだと知り、これからのお茶の時間がより豊かになる気がした。今夜は、お茶を淹れる時間も意識してみよう。そう思うと、楽しみがひとつ増えた気持ちになった。

§

いつも美味しいハーブティーをご馳走になっているお礼にと、打ち合わせの終わりに自分の歌集をプレゼントした。4年ほど前に出版した、文庫サイズの短歌と絵の本だ。

彼女は「えっ、いいの?」と目を丸くしながらも、「ありがとう、大事に読むね!」と早速本を開いた。すごく素敵な本だねぇ、と言いながら。

そして
「私、素敵な本に出会うと、『この本を読むための時間を作ろう』って思うんだよね」
と言った。
「家にいると子供もいるし、仕事や家事もあるし、なかなかゆっくりできないから、時間を作ってお気に入りの喫茶店に行こうって思うの。そこで美味しい飲み物を飲みながら、ゆっくりこの本を読もうって」

私はそれを聞いて、少し驚いた。読書は、家事や仕事の合間にするものとばかり思っていたから、そんな贅沢な読書の時間の過ごし方があるだなんて、考えたこともなかったのだ。

「だって、こんなに素敵な本だもん。ちゃんと時間をとって読みたいじゃん」
そう言って、彼女は笑う。

その時、ああ、この人はそういうふうに自分のための時間を作ってきたんだな、と思った。きっと、そのためのハーブティーなんだ。なぜ自分が彼女のハーブティーをこんなに好きなのか、わかったような気がした。

私も、日々の中にそんな時間を作ってみよう。
そう思うと、何気ない日常が途端に愛おしく思えた。

彼女の両手に収まった私の本が、とてもいいもののように見える。

 

“ 一日の中から時間を取り出してハーブティーの湯気で満たして ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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