【57577の宝箱】この部屋に私がいなくなった日も コーヒーと本の匂いは残る

文筆家 土門蘭


普段、自宅で一人で仕事をしている。

朝家族を送り出してから、洗濯や掃除などの家事を一通りして、コーヒーを淹れてリビングでパソコンに向かう。
フリーランスで事務所も借りていないので通勤がなく、今のようにリモートワークが普及される前から、家でそんな風に仕事をしていた。

ただ最近はコロナの感染拡大で、子供たちの休園や休校がちょくちょく起きるようになったので、リビングで集中して仕事をするのが難しくなってきた。休校中、小学生の長男はタブレット端末でオンライン授業を受けるので、一緒にいるとなかなか集中できない。

仕事をするときには適度に話し声が聞こえる方がいいと言って、喫茶店やコワーキングスペースで仕事をする友人がいるが、私はまったく反対で、話し声や音楽が聞こえるとまるでだめだ。人がいたり音がしたりすると、気が散って集中できない。

それでこの間、長男の数日間の休校が決まった時、思い切って仕事部屋を作ることにした。
これまで物置代わりになっていた私の部屋を一気に片付け、仕事ができる個室を作ってみたのだ。

今、この原稿もその部屋で書いている。

§

この家に越してきて5年が経つが、2階にあるこの部屋をちゃんと使ったことは今までなかった。

「いつかは子供部屋に、それまでは自分用に使おう」と最初は思っていたのだけど、気づけば私の洋服や本の他、使わないクリスマスツリーやこたつや家具などが置かれる物置になっていた。
ちゃんと活用しなくちゃと思うものの、エアコンもまだつけていないし、リビングにいた方が何かと便利なのもあって、なかなかこの部屋を使う機会がなかった。

だけど今回、急を要す機会ができて、私はようやく部屋の改造に着手した。
まず使わなくなったものを処分し、残ったものは収納スペースに片付ける。前に住んでいた家で使っていた小さなテーブルと椅子のセットは、仕事用のデスクにすることにした。
エアコンはまた今度つけるとして、寝室で使っているオイルヒーターを持ってきて部屋を温める。あとはプリンターさえ備えつければ、仕事場の出来上がりだ。狭い部屋なので、2時間もかからなかった。

自分の部屋ができるなんて、いつぶりだろう。
そんなことを思いながら、椅子に座る。

子供が生まれてからは、常にそばにいないといけないので、部屋を作ろうという気にもならなかった。だけど子供が大きくなってきた今、こうしてまた部屋を作れたということは、少しずつ手が離れ、またひとりになる時間が戻りつつあるということなのだなと思う。

ありもので作った部屋なので、素敵な部屋とはお世辞にも言えない。まだダンボールは積まれているし、家具はちぐはぐだし、やっぱり寒いし。

でも、また自分の部屋ができたことが嬉しかった。

§

以来、仕事はリビングではなく、自分の部屋でしている。

後ろを振り向くと本棚が壁一面にあるので、仕事をしている時でも振り向くとすぐに手に取れるのがいい。時々執筆が進まなくなると、後ろを振り向いて適当に本を手に取ってみる。どの本にもいくつか折り目がついているのだが、それは過去の自分が「あっ」と思った一文があるページなのだった。
そのページを読んで、過去の自分がどこに感動したのかを考えてみる。わかる時もあれば、わからない時もある。でもその時私は、過去の自分と繋がったような気持ちになるのだ。
一人暮らしをしていた、10代、20代の自分。頼りなくて寂しがりやで、でも一人でいる方が気楽で、ずっと本ばかり読んでいた自分。

本を棚に返して、ふと周りを見渡してみた。
雑然と積み上げられた本や書類、コーヒーの入ったマグカップ、開きっぱなしの手帳。それから壁には、気に入っている絵画が一枚。
私を中心にした半径2メートルの中に、必要なものだけが最小限揃っている部屋。あの頃から10年以上経っているのに、この部屋がかつて一人暮らしをしていた頃の部屋によく似ていることに気づいて、なんだかひどく懐かしい気持ちになった。

もしかしたら自分の部屋というのは、いくつになっても変わらないのかもしれない。
いつか子供にこの部屋を明け渡し、その数年後にまた自分の部屋を作り直すことになったとしても、きっと同じような部屋になるのだろう。

こんこん、とノックをして長男と次男が部屋に入ってくる。「入る時はちゃんと声をかけてね」と伝えていた通りに。
「はい」と返事をすると、特に用事もなさそうな兄弟が私の部屋に遠慮がちに入ってきて、
「この部屋、コーヒーと本の匂いがするね」
と言った。次男は「おかあちゃんのにおいや」と。

「そうかな」と答えると、若かった頃の私が、私の中で照れ臭そうにしているのがわかった。

きっと、私の匂いはずっと変わらない。
歳をとっても、母になっても、遠くへ行っても。自分の部屋は、私の帰りをずっと待ってくれている。

 

“ この部屋に私がいなくなった日もコーヒーと本の匂いは残る ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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