【57577の宝箱】体内に小さな生き物飼っている ぐるぐると鳴く内臓の声
文筆家 土門蘭
先月のある週末、また体調を崩してしまった。
ここ数年、ほとんど熱を出したことがなかったのだけど、今年に入って二度目の発熱。
体の節々が痛く、寒気がする。そして起き上がれないほどの頭痛。
これはもしかして……と思って、すぐに日曜もやっている病院に行ってPCR検査をしてもらったけれど、結果は陰性だった。
「季節の変わり目ですし、疲れがたまっていらっしゃるんじゃないでしょうか」
とお医者さんに言われ、とりあえずほっとしつつ、解熱剤をいただいて帰る。
確かにここ最近は気温や気圧の差が激しくて、体が参っていた気がする。それに加えて、仕事が集中して忙しかった。休みの日もずっと仕事のことを考えたり、そのほかの時間は家事をしたり子供を連れてどこかへ遊びに行ったりして、あまり休めていなかったなと思う。相変わらず休むのがなかなか上手くならない。
以前はまだ、それでもなんとかやれていた。睡眠さえ取れたら大丈夫だったのだ。
でも今年に入ってこうも数日にわたりダウンする日が出てくると、もう前のように若くはないのだなと思う。私の気力に、体力がついてこなくなっているんだろうな。
そんなことを思いながら、その週末はずっと寝ていた。
友達と約束していたオンライン飲み会も、家族と行くはずだったお出かけも全部キャンセル。仕事もたまっていたけれど、もちろんできそうにない。
「元気があれば何でもできる」
そんな言葉を思い出す。アントニオ猪木さんだったかな? そして、逆に言えば「元気がなかったら何もできない」んだな、と思う。
体調を崩すと健康の大切さが身にしみてわかる。だからこういう時間もたまには必要なのかもしれない。戒めとして。
§
なんとか月曜の昼ごろには体調が回復して、仕事に取り掛かることができた。まだ本調子ではないけれど、コーヒーを飲んだらちょっと気持ちがシャキッとしたので、パソコンに向かう。
だけど、あるエッセイがどうしても書けなかった。締め切りがもうすぐなのにも関わらず。
月曜はそのエッセイを書くために空けていたのに、夕方近くになっても全然書けなくて参った。これはまずい。でも、書けない。言葉が全然出てこないのだ。
どうしようもないので、締め切りがまだ先の仕事の方に取り掛かる。一番恐ろしいのは、玉突きのように、後で待ち構えている複数の締め切りまで破ってしまうことだ。エッセイが気がかりだけど、被害は最小限に抑えないといけない。気持ちを無理やり切り替えて、違う仕事に集中することにした。
だけど翌日も、ほかの仕事が終わっても、そのエッセイだけはどうしても書けなかった。一行書いては消し、一行書いては消し、を繰り返す。そのうち、白いままの液晶画面に向き合うのすら辛くなってきて、ブラウザ自体を閉じた。
諦めて、編集者さんに締め切りを延ばしてほしい旨伝える。ありがたいことに編集者さんは優しい言葉で励ましてくださり、締め切りの延長を了承してくださった。
ただ、その時1週間ほど猶予を作っていただいたけれど、その締め切りも守れなかった。
さらにその後も2度ほど延ばしてもらったが、実は現時点でもまだ書けていない。昨日、さらに来週に締め切りを延ばしてもらったところだ。
こんなに書けないのは初めてかもしれないな、と思う。
いつになったら書けるのか、自分でも見当がつかない。
§
「書けないな」
途方に暮れていたら、以前、ある美術家の方にこんな質問をされたのを思い出した。
「土門さんは、体のどの部分が消えたら『自分じゃなくなる』と思いますか?」
私はうーんと考えて、「お腹でしょうか」と答えた。
「私、すごくお腹が弱いんですよ。緊張する時はお腹が痛くなるし、不安になるとお腹が冷えるし、逆に嬉しい時はお腹があったまる。多分、お腹で物事を感じているんだと思います」
すると美術家の方は、
「確かに、土門さんはお腹で書いているような気がしますね」
と言った。手の先だけでなく、他の部分も使って書いている気がする、と。
その時、思わず自分のお腹に手を当てた。私の言葉は、ここから生まれているのかもしれない。そう思って。
そんなことを思い出して、ベッドの上に仰向けになって、マッサージをしてみることにした。柔らかくなったら書けるだろうかと、ちょっと期待したのだ。
触ってみるとだいぶお腹が凝っていて、ちょっと押すだけでも痛くて驚く。あれ、こんなに硬かったっけ? そう思いながら優しくゆっくりなで回していると、少しずつ凝りがほぐれてきた。気持ちがいいなと思う。そうしたらなんだか、急に悲しくなって泣けてきた。
なんで泣いているのかはわからない。けれど、ずっとお腹に力を入れていたんだなということはわかる。ちゃんとしなくちゃ、頑張らなくちゃと、思い過ぎていたのだということは。
マッサージを続けていると、お腹がぐるぐると音を立て始めた。まるで小動物がここにいるみたいだ。私は目から涙をするすると流しつつ、一人でお腹をなで続けた。
また書けるようになったら書いたらいいか。
そんなことを、ひっそり思う。書こうと思って書けるものではない。元気になろうと思って、すぐになれるものでもないように。
今はただ、この小動物をなでていよう。
自分の中の小動物を無心でなでることが、今の私にとっての休息だ。
“ 体内に小さな生き物飼っているぐるぐると鳴く内臓の声 ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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