【57577の宝箱】お気に入りから順に擦り減っていく 私の愛を一身に受け
文筆家 土門蘭
同じものを何個も持つ癖がある。
ワンピースは2着。レザーのバックは2つ、布のトートバッグは3つ。Tシャツやセーターは4枚。靴は5足。色違いだったり、まったく同じ色だったりするけれど、商品自体は全部一緒だ。
若い頃から、一旦気に入るとそればかり身につける性質で、好きなものからボロボロにしてしまっていた。それが嫌で、大人になってからは「これだ!」というものは複数買うようにしている。いわゆるリピートというやつ。
でもストックという感覚ではなく、常に全部稼働している。同じものをぐるぐる着回しているので、結果、いつも似たような格好になるのだけど、自分としては毎回違うものを身につけて新鮮な気持ちでいるから、あまり気にならない。気に入っているものを身につけていると、心が落ち着く。
買い物をしていると時々出会う、自分にしっくりと馴染む商品。そういったものにはなかなか出会えないので、「この商品が廃盤になったらどうしよう」「売り切れたらどうしよう」と、毎回怖くなる。それで、つい同じものを何個も買ってしまう。
本当はもっと冒険すべきなのかもしれない。同じものを買うくらいなら、新しい商品に挑戦してみたり、流行に乗ってみたりした方がいいのかもしれない。そんなことも思っていたけれど、この間、編集者・ライターの一田憲子さんに「スタンダード」についてインタビューした時、こんな言葉をいただいた。
「『スタンダード』って、日本語で言うと『定番』ですよね。毎日のように使っていても飽きず、嫌にならなくて、長く使えるもの。つまり、自分の気分やライフスタイルや価値観にしっくりくるものではないでしょうか」
それを聞いて、「私が集めてきたものは、私の『スタンダード』だったのかもしれないな」と思った。スタンダードだからこそ、「なくしたくない、ずっと持っていたい」と思うのかも。
それ以来、なんだか気持ちが楽になって、そんな自分を肯定するようになった。だってスタンダードがあるって、素敵なことだと思うから。
§
中でも多いのは靴だ。下足箱の真ん中の一列には、ずらりと同じものが5足。左から、白(比較的古い)、白(比較的新しい)、黒(比較的古い)、黒(比較的新しい)、黒(箱に入ったままの新品)。
この靴と出会ったのは、3,4年前だろうか。
「黒くて、柔らかくて、履きやすい靴が欲しいな」
そんなことを考えながらデパートに探しに行ったことがあった。「仕事にもプライベートにも使えるような……」
でも、靴売り場にはなかなかそういうものが見当たらなかった。カジュアルすぎるか、ちゃんとしすぎているか、どっちかだ。それで諦めかけていた頃、ふと、通りすがりのブランドショップである靴を見つけた。マネキンの足元に置いてあった、シンプルで、柔らかそうな、レザー素材の黒いスニーカー。
「あっ、これだ!」
すぐにそう思った。しゃがみこんで靴をじっと見ている私に、店員さんが気づいてやってきてくれた。「もしよかったらサイズをお出ししますね」と優しく微笑んでくださる。それで思い切って試着してみると、理想通りの形と履き心地! 私はすぐにそれを買った。紙袋を受け取りながら、店員さんに確認する。
「この靴は、こちらのブランドの定番商品ですか? 来年になったらもう販売されていない、みたいなことはないですか?」
店員さんがちょっと不思議そうな顔をしたので、
「私、多分2足3足とこの靴を買ってしまいそうな気がするので」
と言う。すでにそんな予感があったのだ。
すると店員さんはにっこりして、「大丈夫です。こちらは定番商品なので、廃盤になることはないかと思いますよ」と言った。
私は安心して家に帰る。そして鏡の前で履いてみながら、うんとうなずき、
「やっぱり白も買おう」
とつぶやいた。
§
それから、白、黒、白、と順調に同じ靴が増えていき、ショップの店員さんともすっかり顔見知りになった。
案の定、毎日のように履いてしまうので、最初に買ったものはすでにくたびれ始めている。柔らかくて軽いので、どこにでも履きたくなってしまうのだ。
そのうち、カジュアルなシーンには古い方を、仕事の時には新しい方を、という自分ルールもできていった。周りから見たら同じように見えるだろうけれど、私にとっては違うものだ。
もしかしたらずっとこの靴を履き続けるかもなぁ。
そんなふうに思っていた矢先、突然知らない番号から電話がかかってきた。出ると、そのショップの店員さんだった。
「お客様、申し訳ございません」
突然謝られ、何があったのかとドキドキしていると、
「お客様がいつもお買い求めになっていたシューズですが、今期で生産が終了されることになりました」
と、店員さんが申し訳なさそうに言った。私も「ええ!」と悲痛な声をあげる。ずっとあると思っていたのに!
「もしよろしければ、現時点で在庫のあるものをご用意いたしますが」
そう言われて私は「お願いします」と即答する。
「24センチで、白でも黒でもどちらでもいいです」
すると、他店に黒の最後の一点があるということだった。私はそれを取り寄せてもらうようにお願いした。
後日デパートまで取りに行くと、店員さんが「ご期待に添えず申し訳ございません」と謝ってくださったので、私は「いえいえ、むしろ教えていただいてありがとうございます」と頭を下げた。新しい、5足目の靴が入った紙袋を提げながら。もちろん足元は、ここで買った白いスニーカー(比較的新しい方)だ。
「私、ここ数年この靴しか入ってなかったので。またこれだけ気に入るものに出会えたらいいなと思います」
すると店員さんは、
「そういうふうに必要としていただけて、とても嬉しいです」
と笑った。「きっと新しく気に入っていただける商品も出ると思いますから、よかったらまた遊びに来てください」と。
それを聞いて、「そうか、別れもあれば出会いもあるんだな」と思った。
既存のスタンダードがなくなっても、その分新しいスタンダードに出会えるのかもしれない。
最後に買った黒い靴は、まだ一度も履いていない。
次のスタンダードが見つかるまでは、大事に履いていこうと思う。
“ お気に入りから順に擦り減っていく私の愛を一身に受け ”
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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