【自分らしく生きるには?】第3話:67歳であこがれだった平屋暮らしを実現。人生後半がますます楽しい。

ライター 長谷川未緒

新生活がはじまる春は、これからの生き方について考えるひとも少なくないのでは?

特集【自分らしく生きるには?】では、専業主婦から古道具屋の店主を経て、大人のための普段着のレーベル「CHICU+CHIKU 5/31」でデザイナーを務める山中とみこ(やまなかとみこ)さんにお話を伺っています。

「身の丈に合った範囲で冒険する」と語る山中さんに、第1話では少女時代の思い出を、第2話では上京後の暮らしや、離れて暮らしていた母親の介護について、お聞きしました。

第3話では、本音で向き合ってきた子育てや、これからの仕事のことなど語っていただきます。

第1話から読む

 

いつかは巣立つ。子育てはそれまでのお手伝いという気持ちで

山中さんは24歳でサラリーマンの夫と結婚し、長男を出産。26歳で次男を出産しました。

山中さん:
「長男が産まれた時点で、将来べったりではなく、それぞれの道を歩むのだろうと覚悟しましたね。女の子は大きくなってからも実家に帰るけれど、男の子は帰ってこないと聞いていましたから。

男の子は家を出て家族を養うのだから、巣立つまでのお手伝いという気持ちで、子育てしてきました」

自身は親と本音で話すことはなかった山中さんでしたが、お子さんとは本音で話し合ってきました。

山中さん:
「お金のことなんかも、正直に打ち明けてきました。

たとえば、子どもたちが大学に入るタイミングで夫が勤めていた会社が低迷し、『学費は払うけれど、交通費やお小遣いを払う余裕はない』と。

そもそも大学にしても、行きたいなら応援するけれど、一浪まで。卒業したら、どうしてもやりたいことがあるなら別だけど、ちゃんと就職してね、とお願いしていました。

それで、ふたりとも大学卒業後は就職し、それぞれ26歳で巣立っています。

つねづね『思い出と一緒に独立してね』と話していたので、部屋も明け渡してもらえました」

山中さん:
「わたしたち夫婦は、子どもが老いた親の面倒を見るのは、当たり前という時代に育ちましたし、それを全うしました。

でもいまは、そういう時代ではありません。

子どもたちには、精神的にも経済的にも、依存することがないようにしたいと思っているんです。

数年前には、青森の実家の墓じまいも済ませました。自分たちはお墓にこだわりはないので、子どもたちに負担をかけないよう樹木葬への申し込みをし、肩の荷がおりてほっとしています」

 

「こういう家族だったなあ」と、思いが込み上げた日

息子さんたちはそれぞれ家庭を持ち、長男は4児の父に、次男は2児の父となっています。

山中さん:
「孫が生まれるたびに、仕事をセーブして、産後のお嫁さんをお手伝いしてきました。

ただ、長男の末っ子が生まれるときだけは、どうしても仕事の都合がつかなくて。

お嫁さんのご両親はすでに他界していますから、入院中、どうサポートするか、夫と息子ふたりと、4人で話し合うことになりました」

山中さん:
「息子たちが結婚してからは、お嫁さんや孫たちがいつも一緒で、家族4人だけで会うのは、十数年ぶり。

もう4人だけで会う機会はないと思っていましたし、『こういう家族だったなぁ』と懐かしさがこみあげてきて、わたしは泣いてしまったんです。

そうしたら次男が、『そんなにうれしいなら、1年に1回会えばいいじゃない』と言ってくれて。

ふだんは電話のひとつもよこさないけれど、男の子ってやさしいんだな、ちゃんと考えてくれているんだな、とうれしかったです」

 

67歳で、あこがれだった平屋での生活を実現

青森県三沢市に住んでいた子ども時代、在日米軍軍人が暮らしていた米軍ハウスを羨望のまなざしで見ていた山中さん。

山中さん:
「ずっと集合住宅で暮らしていましたけれど、いつか海の近くの平屋で暮らしてみたいと夢見てきました。

不動産情報をインターネットでずいぶん調べ、2021年の9月に、ようやく巡り合えたのがこの茅ヶ崎の家です。

米軍ハウスのようなかっこいい家じゃなく昭和の平屋ですが、海まで徒歩15分。家賃も払える範囲内で、間取りもいい。

次男のお嫁さんと内覧に来て、すぐに契約しました」

この1年半、所沢と茅ヶ崎の2拠点生活を続けています。

山中さん:
「夫は来たり来なかったりなので、ひとりで寝るときはちょっと怖い(笑)。夜はちいさい電気をつけっぱなしにしています。

コロナ禍で子どもたち家族ともしばらく会っていませんでしたが、この年末年始は久しぶりに次男家族が来ました。長男のところからも孫がふたりきて、布団が足りないのでみんな寝袋で寝て。

次男家族はみんなアウトドア好きで、釣りをしたり、サップをしたり。

長男の子どもたちはインドア派ですが、まんがやゲームをのんびり楽しんでいました。

2年くらい住めればいいと思っていましたけれど、じつは昨年、初期のがんが見つかったこともあり、最近はもう1回更新したいと思うようになっています」

 

思いがけない出来事に、もっとがんばろうと思った

山中さん:
「平屋を借りてしばらくしたころ、疲労感が抜けず。

出張したり、夫と取材を受けたり、撮影があったりと、忙しい日が続いたんです。そのせいで疲れているのかな、と思っていたのですが、少しして尿の色が濃いことに気がつきました。

受診したところ、『膀胱がんですね』と。

母は肝臓がんでしたが、本人に告げることはありませんでした。いまはあっさり本人に伝えるんですよね」

山中さん:
「幸い初期で見つかったため、手術後はなにごともなく過ごせていますが、もう1回更新して、茅ヶ崎の平屋を楽しみたいと思っているんです。

おいしい時間を遊ぶラボとして、のんびり仲間と向き合い、おいしいものを食べながら、みんながどういうことを考えているのか聞く会などをやりたいな、と。

仕事をしているから家賃を払えるので、実店舗では、もうちょっとがんばって仕事もしたいと思っています」

 

いまが一番、自由で楽しい

がんが見つかったころ、新しい本の話も舞い込み、この春、刊行が決まっています。

山中さん:
「人生いいときばかりじゃなく、悪いときばかりじゃない。大変なことがあっても、乗り越えると違うものが来ると信じています。

人生の後半が楽しくて仕方ないんです。

この年になるまで仕事を続けるなんて考えていなかったけれど、これからも、無理せず、自分の好きなように続けていけたらと思っています」

「どうしてそんなふうに、脱皮するようにどんどん変わっていけるんですか」との問いには、「失敗したらその時考えればいい」と。

その代わり、がんばれば取り戻せるように、身の丈に合った範囲で冒険するのだとか。

平屋を借りるときも、家賃は払える範囲内というのが絶対条件だったそう。

自分らしく歩み続けるヒントは、現実的な視点と夢を実現する行動力にあるようです。

(おわり)

 

【写真】小禄慎一郎


もくじ

 

山中とみこ

1954年生まれ。専業主婦、古道具屋店主、小学校の特別支援学級の補助職員などを経て、2003年49歳のときに大人の普段着のレーベル「CHICU+CHICU5/31(ちくちくさんじゅういちぶんのご)をスタート。著書に『時を重ねて、自由に暮らす』(エクスナレッジ)、新刊に『山中とみこの大人のふだん着』(文化出版局)がある。インスタグラムは @chicuchicu315

 


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