【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第四回:褒めるわたしを、褒める

山本 ふみこ

「お茶をご一緒したいのです」
 こすもさんが、云います。
 出版社のスタジオで、月に一度のラジオ収録をはじめようという場面です。
「そうしましょう、お茶ご一緒しましょう」
 収録後、どこかでお茶をという意味でわたしは答えます。
 ところがね、こすもさんは大きな大きな()げ袋から電気ポットとカップをとり出したのです。そうしてコーヒー、煎茶、ハーブティーのうち、どれがいいかと()うではありませんか。
「それではハーブティーを」
 黒い細身の電気ポットにペットボトルの水を入れると、お湯はたちまち沸きました(85度に設定したそうです)。カップのなかにはティーバッグ。お湯を注いで3分ほど待ちました。
 この日の仕事は、ハーブティーの香りと温かさに包まれながらゆったりと進み、静かに着地しました。
「ありがとう、ありがとう。おうちからいろいろ運んでくださったのね」
「お茶を飲みながら、仕事をしたかったのです。実現しました」

 
 そのときふと、「ありがとう」のほかに伝えることがあるはずだ、と思ったのです。
「こすもさんはいつも、ひとに対して、場面に向かって、やさしい心遣いをしてくださいますよね。きょうは1杯のお茶以上のものを受けとりました。見習わなくちゃ」
 30歳以上歳上のわたしのこれは、こすもさんを讃えることばとなったでしょうか。思っているだけでは伝わらない……ということを、誰もが経験しています。つい昨日も、夫に対して「きょうつくって持たせたサンドウィッチ弁当の感想、聞かせてくれてもいいのに。朝がんばってつくったのにさ」と、もやもやしました。
 このように「ちょっとは()めてよ」という気持ちを抱いていながら、自分だって褒め損なっているのではないでしょうか。褒められないのは、褒め足りないからかもしれません。
 これからはじゃんじゃん褒めようと思います。気がついたら褒めなくては。讃えなくては。
 このことは、何かを変えるような予感がします。
 とりあえず、ひとを褒める自分を、自分で褒めようっと。

 

 

 

 

文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。最新刊『あさってより先は、見ない。』(清流出版)、ほか著書多数。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/
https://www.fumimushi.com/うんたったラジオ/

 

写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
https://067.jp

 

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