【連載|お星さんがたべたい】02:昼過ぎのパンとコーヒー
なにかをたべるときはいつも「元気をだそう」とおもっています。スーパーマリオブラザーズのマリオはお星さんにぶつかると、からだじゅうを光らすほどの元気をだすけれど、あれの、もっとささやかな感じが、わたしにとってのごはんです。つまり、ごはんは、わたしのお星さんです。とどのつまり、元気のでるごはんにまつわるエッセーを書くことになりました。
小原 晩
ごろごろと困難がつみかさなると部屋をでる。
部屋をでると、小雨がふっているような、ふっていないような感じである。傘はもたず、フードをかぶって、街をあるく。吐く息はまっしろ。平日の住宅街はしんと静かで、ほぼだれともすれ違わない。わたしは近くの本屋へ行く。本屋へ行って、挨拶をする。自分の本を置いてくれている本屋なのだ。
こんにちは、というと、いつも急にくるね、と言われる。今から行きますよ、とわざわざ連絡されても困るんじゃないか、とこころでは思いながら、すみません、とあやまっている。じゃあ、本をみます。言って、店内をまわる。まずは詩歌の棚をみる。それから小説が多く置いてある棚をみる。この店には古本と新刊が混ざっておいてあり、古本にはビニルが巻いてある。先月きたときにはなかった村上春樹のエッセイ「村上ラヂオ」シリーズの古本が置いてあるのを見つける。もしかすると先月もあったかもしれないけれど、いまのじぶんだから目につく本というものがある。「村上ラヂオ」「村上ラヂオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド 」「村上ラヂオ3 サラダ好きのライオン」の三冊、それから食に関する本の棚をながめて一冊、それからちょうどやっていた展示をみてたのしみ、写真集をひらいたりめくったりとじたりして、二冊。自分の手につみあがった本を店主のところへもっていき、最近のうれしかったこと、困ったことなどを聞いてもらいながら、会計してもらう。買った本たちを紙袋に入れてもらい、店をでる。
店をでると、小雨はやんでいる。近くのパン屋まであるく。昼ごはんがまだなのだ。昼過ぎのパン屋には、ねむたそうなひとばかりである。紙袋を窓際の席においてから、トレーとトングをもち、パンをえらぶ。ミルクロール、シナモンロール、塩パン、クッキーシュー、カスクート、オリーブのフォカッチャ、カレーパン、あんぱん。パンたちはそれぞれさまざまにかがやいている。ミルクロールをトングで挟むと、思ったよりやわらかい。つぶれないように、やさしく、やさしく、トレーにのせる。レジにて、ホットコーヒーを注文する。ミルクロールは温めますか、と聞かれるので、おねがいします、とこたえる。店員さんは温めたミルクロールを、ちいさなしろい皿にのせてくれる。窓際の席にて、ミルクロールをかじる。何度みてもかりっとしている佇まいであるのに、やはりふわふわである。ミルクロールのほんのり甘い残像のあるうちに、熱いコーヒーをのむ。ため息がでる。買ったばかりの本を読みはじめる。本から顔をあげて、窓の外を見ると、雪が、さらさら降りだした。
文/小原晩(おばら ばん)
1996年、東京生まれ。2022年、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
湯船につかりながら本を読むことと、夜の散歩が好きです。お酒をたしなみます。
写真/服部恭平(はっとり きょうへい)
1991年、大阪府生まれ。2013年に上京し、モデルとして活躍する傍ら、プライベートなライフワークでもあった写真作品が注目を集め、2018年から写真家として本格的に始動。フィルム特有のパーソナルな雰囲気を持ち味にファッション写真やポートレートを撮る。
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