【眠れない夜に】後編:医師に教わる、眠りにいい「マインド風呂ネス」やくらしの知恵
編集スタッフ 寿山
疲れているのに、なかなか寝つけないことがあります。眠れないほどに考え事がはかどり、ますます目は冴えるいっぽう……なんて経験はありますか?
眠りについて考えていたとき、1冊の本を手にする機会がありました。
医師である稲葉俊郎(いなば としろう)さんの『ことばのくすり』という本です。
前編では、眠りと体の関係についてお伺いしました。続く後編では、良い眠りをもたらす環境づくりについて、詳しくお聞きしていきます。
医師がすすめる「眠りに入りやすい」音楽
▲最近はカセットでもアンビエント音楽がいろいろある。別府の「SPICA」で販売しているカセットテープはお気に入りの1つ
活動的な時間を終えて、眠りの世界へと入っていくプロセスをスムーズにしてくれる存在のひとつが、音楽だと稲葉さんは話します。
稲葉さん:
「私たちは、眠ったり起きたりする周期を繰り返していますが、それはゆっくりとした脳波から速い脳波へ、速い脳波からまたゆっくりとした脳波への変動を繰り返していることでもあります。
音楽のほとんどは、活動的なときの脳波(β波)と相性がよいつくりになっていますが、リズムが希薄で音色や雰囲気を重視した『アンビエント音楽』は、落ち着いたときの脳波(α波)と親和性が高い音楽だと感じています」
稲葉さん:
「たとえば代表的なのはアンビエントというジャンルを確立したと言われている、イギリスの音楽家ブライアン・イーノの作品でしょうか。イギリスの作曲家・ピアニストのマックス・リヒターが眠りをテーマにしたコンサートを開催したときの音源で『SLEEP』というアルバムもおすすめめです」
稲葉さん:
「最近はノルウェーのバイオリニスト、マリ・サムエルソンという方のアルバムもゆったりとした気持ちになれるのでよく聴いています。日本のアーティストだと高木正勝さんや原摩利彦さんなど、はじめての方にもおすすめです」
寝る前に、心地よい気分になれる本
良質な言葉を心にとりこむこともまた、眠りの質を高めてくれると稲葉さん。
稲葉さん:
「小説も好きですが、寝る前は詩集をよく手に取ります。詩に意味や教訓を求める必要はなくて、言葉のリズムが美しいだけでも、心地よいですから。私には、まど・みちおさんの詩が、とても心地よく響きます」
頭と足
生きものが 立っているとき
その頭は きっと
宇宙のはてを ゆびさしています
なんおくまんの 生きものが
なんおくまんの 所に
立っていたと しても…
鉢山に さされた
まち針たちの つまみのように
めいめいに はなればなれに
宇宙のはての ほうぼうを…
けれども そのときにも
足だけは
みんな 地球の おなじ中心を
ゆびさしています
おかあさん…
と 声かぎり よんで
まるで
とりかえしの つかない所へ
とんで行こうとする 頭を
ひきとめて もらいたいかのように
『いわずにおれない』(まど・みちお著/集英社)
眠れそうにないときに、出来ること
稲葉さん:
「それから焚き火などは、ずっと見ていても飽きがこず、感情の大きな起伏が起きにくく、視覚から入ってくるアンビエント音楽のようだなと思います。日常的に焚き火をする機会はないですが、室内であれば気をつけながらキャンドルの炎を楽しむのも一案です。
炎をずっと見つめていると瞑想的な気持ちになっていくのですが、まどろみや瞑想状態の脳波(θ波)は、じつは昏睡状態と同じ脳波なんです。θ波が浅い昏睡で、δ波は深い昏睡状態です。意識活動がゆっくりとした脳波に変容する、それを主体的に行うのが瞑想なのかなと、個人的には解釈しています。
いまいち眠れそうにないときは、キャンドルを灯して瞑想してみるのもいいかもしれません」
稲葉さんがすすめる「マインド風呂ネス」
数年前からよくマインドフルネスという言葉を耳にします。目の前の物事に意識を集中することが、引いては集中力や判断力の向上につながるなどメリットが多いことは理解しているつもりでも、暮らしにどう取り入れたらいいか難しさも感じていました。
稲葉さん:
「私の解釈ですが、マインドフルネスを日常に落とし込むと『マインド風呂ネス』になるなと。つまりは、風呂に入ると、自然とマインドフルネスになると感じているんです。
マインドフルネスを個人的に解釈すると、自分を始点に物事を見つめずに、命の始点から自分を見つめるということです。命を始点に自分を見つめるとは、具体的には、体のどこかに違和感はないか、異変はないか、命の声を聞きやすくするスイッチを入れること。
外に向いた意識や考え事の一切をシャットアウトして、内側から湧いてくる情報にフォーカスする。そのいい切り替えになるのが、お風呂の時間だなと思ったんです」
▲稲葉さんがCMO(chief medical officer)として関わっているクラフト温泉「TOJI」(
稲葉さん:
「家ではゆっくり湯船に浸かる時間がないという方もいると思います。現実的には、日々の習慣があるし家族との暮らしもあるので、意識的に時間を作ろうと思っても出来ないことの方が多いと思うんです。
そういうときは『なんで出来ないんだろう』と自分を責めるより、日常を離れて温泉でゆっくり湯に浸ればいいと思うんです。場の力を借りたらいいなと。それが本来、温泉や湯治場が持つ役割で、昔から疲れたとき、体を休めようと思ったときに人々は温泉に行っていましたから。ときには、病院よりもよっぽど医療の場らしいと感じることすらあります。
一説では、日本には地球全体の温泉資源の8〜9割があると言われています。どこに住んでいようと、少し足を伸ばせば温泉があるので、日常から少しでも離れて、温泉という場の力を借りてゆっくりすることも、マインドフルネスと同様の良さがあると思います」
▲湯上がりにおすすめの「カモシカシロップ」の炭酸割り。5種類の木々の樹液を醗酵させたもので森の香りを楽しめる
自分が生きる、二つの世界を繋ぐ「あわい」
最近は、起きて活動しているときの外的世界と、眠っているときの内的世界をつなぐ「あわい」の時間をつくることが大切だと考えているのだとか。
稲葉さん:
「二つの世界は分断されず、繋がっていることが大切だと思っています。陸と海をつなぐ砂浜や港があるように、互いの世界を滑らかに繋ぐ架け橋みたいなものが、自分の暮らしだと何にあたるのか、試しに考えてみてください。
私の解釈だと、あわい=無我夢中になれること。我を忘れて、夢の中に入るようなこと。
たとえば音楽や料理、掃除であったり。花を愛でることや育てることなど、夢中になれることなら何でもいいんです。それはきっと、ライフスタイルによって変化していくとも思っていて。一度見つけたものに固執せずに、暮らしぶりや興味が変わったら、その都度見つけていけばいいものだと思います」
あわいの話を聞きながら、夢中になれることを追いかけて、空想と現実を行ったり来たり自由に飛びまわる子どもの姿が浮かびました。
小さい頃に無意識にやっていたことを、思い出してみたらいいのかしらと。
意識的に自分をコントロールすることを少しの間やめて、心は、体は、何を望んでいるのか。小さな声を拾い上げて、身ひとつで夢中になれる時間を持てたら、ステキだなと思いました。
【写真】井手勇貴
もくじ
稲葉俊郎
1979年熊本生まれ。医師、医学博士。作家。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授。「いのちを呼びさます場」として、湯治、芸術、音楽、物語、対話などが融合したwell-beingの場の研究と実践に関わる。西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修め、医療と芸術、福祉など、他分野と橋を架ける活動に従事している。https://www.toshiroinaba.com/
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