【秋になったらいちごを植えて】 後編:趣味と仕事の境界線をなくしてみたら

ライター渡辺尚子

イラストレーターの阿部真由美さんの毎日は、庭を中心にまわっています。好きな植物を植え、収穫した野菜や果物を味わいながら、植物やお菓子の絵を描く日々。

阿部さんのように、めぐる季節を楽しみながら心ゆたかに過ごせたら…。おすすめしてくださったのが、「秋になったらイチゴの苗を植えること」でした。

前編では、庭と菜園をゆっくりとめぐり、存分にイチゴ談議を交わしました。

つづく後編では、日々の楽しみや、絵を描くときの心がけについてお伺いします。

 

家の中には、庭の恵みがたっぷりと

家に入っても、庭のある喜びは続いていました。

台所の窓辺には、双眼鏡。何に使っているのでしょう?

阿部さん:
「夏なんかは暑いでしょう。だから毎朝、まずは双眼鏡でのぞいて、サラダにいれる野菜はどれにしようか、どれが収穫時かを確かめてから、庭に出るの」

旬の野菜は次々と大きくなります。保存食にしたり、ご近所に配ったり。

「近所の人たちもみんな畑をやっているから、いろいろもらったりあげたりしています」と阿部さんが笑います。

そんなふうにして交換するのは、保存食のレシピや育て方、余った苗や作物まで。

居間には、庭で摘んだ百日草が、益子焼のピッチャーにいけてありました。鮮やかな色が目をひきます。

阿部さん:
「昔から、畑や庭の片隅で見かけるような、素朴な草花です。特別な花じゃないから、外で咲いているときは景色となじんで目につかないでしょう。でも、生けてみると、庭にあるときとは違った新鮮さがありますよね」

 

暮らしも仕事も、楽しみの中から生まれる

アトリエの引き出しには、野菜の種がぎっしり入っていました。

仕事柄、花や野菜の成長過程を描くことも多い阿部さん。種を描くときには、ここから実物をとりだして観察するのです。もちろん仕事のためだけでなく、畑にまくためのものでもあります。

「なるべく、趣味と仕事の境界がないようにしているんです」と、阿部さんが言いました。

その言葉に、ちょっと驚いてしまいました。

仕事とプライベートは分けておく、と考える人は多いと思います。けれど、阿部さんは、仕事とプライベートを分けたくない、というのです。

どうしてでしょう。

阿部さん:
「趣味と仕事、趣味と暮らしの境界をつくらないようにしておくと、イラストも、楽しみの中から生まれてくるように思えます。

私は、植物や野菜の育て方の本にのせる説明用のイラストを依頼されることが多いのですね。そのとき、興味のあることのほうが、うまく絵を描けるんです。

関心のあることだと、ちゃんと伝えようと思うでしょう。そういう気持ちで描くと、絵もちょっと違うんじゃないかと思っているんですね。」

ちょっと違うというのは、どういうことなのでしょう。その違いは、人にも伝わるものなのでしょうか。

考えていると、阿部さんは趣味で描いたという一枚のイラストを見せてくださいました。

 

絵を描くときは、憧れと想像のちからを借りて

ワイルドストロベリーの実を並べた絵です。東京で暮らしていたときに描いたそう。

「ちょうどワイルドストロベリーを育てていたんです。半月ほど毎日、その日に成った実を一粒ずつ見ながら描いていました」

たしかに、ちいさな粒もあれば、大きな粒もあります。色づきかたもひとつずつ違う。そしてとても美味しそう。指でつまめそうなほど、一粒一粒に存在感があります。

今日は何粒、色づいたかな。そうやって楽しみ、味わいながら描いたイラスト。

阿部さん:
「仕事でイラストを描くときは、依頼された内容に応えることが第一だし、気合は入るけれど、楽しむ気持ちは、趣味と一緒のレベルくらいになるように心がけています。

これまでいろいろな仕事をいただいたけれど、自分が経験したことだったり、身の丈にあっていることだったりすると、満足のいく絵を描けることがわかりました」

阿部さん:
「経験していないことも、心から描いていきたい。ほら、小さかった頃、物語のなかに出てきた植物の名前があったでしょう? 『さんざしの実』とかね。それを見たことがなくても憧れの気持ちから想像できる。

だから、たとえばイギリスの暮らしや、フランス菓子のレシピにつける絵なども、少女が憧れる気持ちで想像しながら描けたらいいな、と思っているんです」

 

ちいさな喜びを拾い上げて暮らしていくと

菜園の白菜を放っておいたら花芽が出てきたり。食べてみたら甘くてほろ苦く、おいしさにびっくりしたり。

夕立のあとで、大きな虹を見つけたり。ご近所さんにメッセージを送って知らせたり。

ブルーベリーの実を焼き込んで、ヨーグルトケーキをこしらえたり。

完熟のイチゴを口に放り込む瞬間を味わったり。

そうしたひとつひとつの喜びが、暮らしにも仕事にも別け隔てなくつながっていく。

そういう生き方を選んだ阿部さんだから、あのあたたかい絵が生まれ、あんなに自然な庭が育つのかも…。素敵な秘密をひとつ知ったような気持ちになりました。

 

【写真】長田朋子

 

もくじ

 

阿部真由美

花や野菜を育てながら、雑誌や書籍に季節感あふれる暮らしのイラストレーションを描いている。2014年4月、長く暮らした東京から、生まれ育った栃木県へと住まいを移し、本格的に庭づくりを始めた。


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