【連載エッセー『たゆたゆ – くまがや日記』】第二十三回:ふんころが氏、語る
山本 ふみこ
おそろしく現実的な夢だったのです。
目覚めたとき、「あれは夢。あれは夢」と自分に云い聞かせずにはいられませんでした。
夢のなかでバッグと財布を、わたしはなくしたのです。
仲間たちとともにお酒を飲んでいた店に、バッグを置いたままにした場面で、眠りながら「バッグを置き忘れてる!」と叫んだような。
目が覚めてからも、そわそわしています。
心配になって、ひきだしを開けて、財布の無事をたしかめました。
「こんな夢を見るなんて!」
「夢で財布をなくすのは吉兆ですよ」
そう云ったのは、ふんころが氏です。
「たいていのものごとは、まず、吉兆として受けとめることをおすすめします」
「……吉兆」
「ええ、そうでなくても、財布をなくしたのが、夢でよかったではありませんか。それをふみこさん、ありがたがりましたか?」
「いいえ、ありがたがるどころか、こんな夢を見るなんて! とこころのなかで地団駄を踏みました」
わたしのなかに住んでいる……ちょっと不思議な友だちである、ふんころが氏。名前はわたしがつけました。由来は、虫のフンコロガシ、『ファーブル昆虫記』にも登場するスカラベの和名です。
古代エジプトにおいてスカラベは、神のお使いのような存在として尊ばれていたとか。
時としてわたしが、前向きさを失ってどんよりしかけると、ふんころが氏があらわれて、静かに何か伝えようとしてくれます。
財布をなくす夢を吉兆と受けとめたら、どんないいことがあるのでしょう。ああだろうか、こうだろうかと考えています。
バッグや財布のようなものの扱いに気を遣わなくちゃということと、「たいていのものごとは、まず、吉兆として受けとめる……」を教わったことですね。
受けとめ方ってのは、未来ばかりか、過去も変えてくれそうだと、わたしは思いました。
文/山本ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。ふみ虫舎エッセイ講座主宰。東京で半世紀暮らし、2021年5月、埼玉県熊谷市に移住。暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。著書多数。最新刊『むべなるかな』(ふみ虫舎)のお求めは、山本ふみこ公式HPへ。
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写真/丸尾和穂
岡山県生まれ。シグマラボ、代官山スタジオ勤務を経て2010年独立。インスタグラムは @kazuho_maruo
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