【食器棚ものがたり】:作家さんと、その器とともに、私もここまで歩んできた(vol.5 穴田紀代美さん)
編集スタッフ 津田
ごはんがおいしい秋。あたらしい器を一つ二つ、買い足したくなる季節です。
この読み物は、食器棚と器を訪ね歩く連載です。どんな家にもあるけど、どこにも同じものはない。そんな食器棚と器と収納を見せてもらいながら、おしゃべりしたことを、小さなコラムにしてお届けします。
今回は久しぶりの更新。吉祥寺にあるギャラリーmist∞(ミスト)の店主、穴田紀代美(あなだ・きよみ)さんにお会いしてきました。
ギャラリー「mist∞」の店主、穴田紀代美さん
平日もにぎやかな商店街、そのはずれの小さな公園の近くに、穴田さんは暮らしています。夫婦と、四人の子ども、そして愛犬の小夏。こぢんまりとした三階建ての一軒家は、六人と一匹の家族が住む、居心地のいい空間です。
ここに越してきたのは14年前。当時は1階に店を構えていましたが、現在はお住まいのみとのこと。お話を伺った2階がダイニングキッチンで、階段を上がってすぐのスペースに食器棚が置かれていました。
穴田さん:
「ミストを開業したのが2008年。はじめはギャラリーではなく、雑貨屋だったんです。若い頃に、料理の仕事をしていたことがあったので、台所道具や布ものなど、料理にまつわるものを中心に扱っていました。
器は、谷中の松野屋さんが益子に連れて行ってくださり、若手の作家さんを紹介してくださったのがはじまりです。そこでスリップウェアを知りました。和洋中、どんな料理にも合わせやすくて、盛り付けも気負わなくていい。1枚あればすごく便利だわ、と自分でも買ってみて、お取り扱いをスタートしました」
▲2つとも穴田さんが益子ではじめて買った伊藤丈浩さんのスリップウェア
当初は、郡司庸久さんと慶子さん夫婦が営む郡司製陶所、伊藤丈浩さんなどの器を扱っていましたが、どちらもしばらくすると雑誌で紹介されるようになり、瞬く間に人気作家となったそう。
その後も、中園晋作さん、寺村光輔さん、岳中爽果さんなど、今や全国各地で個展を開くような作家さんたちの作品を、若手時代から取り扱ってきたと言いますから、穴田さんの審美眼には驚かされます。
穴田さん:
「お付き合いのある作家さんが人気になるのは素直に嬉しいです。彼らと、若手の作家さんと数名で企画展をすると、若手の作家さんの刺激にもなって、作品がさらに輝くことも。人気になってからも、色々な場面で作家さんが力を貸してくださることが、本当に嬉しいです」
コンパクトな食器棚にぎゅっと収納しています
そんな穴田さんの食器棚は、北欧のヴィンテージのキャビネットです。10年ほど前に、吉祥寺の井の頭通りにある家具店「Transista(トランジスタ)」で見つけました。
穴田さん:
「なにしろ家が狭いので、見た目に圧迫感がないものを探していました。けれど器はそれなりに量があるので、収納力も諦められません。これは扉のないオープンなところもあるのが、抜け感になっていいなと即決でした。
すべてを仕舞い込まずに、飾って楽しめるのも気に入ってます。埃がたまりやすいので、器を使うたびにさっと水洗いする必要はありますけどね(笑)」
扉を開けると、サイズや用途でざっくり分けられながら、たくさんの器がパズルのように収められていました。
上から茶器、酒器、木工のもの、漆のもの、飯椀、汁椀、銘々皿、小皿と小鉢。真ん中に大皿と土鍋。そして下段にパスタ皿、カレー皿、平皿、角皿。あるべきものが、あるべき場所に、きっちりと収納されている様子が清々しいです。
穴田さん:
「食器棚の収納力に合わせて、形もサイズも “ここ” というところへ入れないと、うまく収まらないんですよ(笑)
なので、器の位置を入れ替えることはしません。お皿を重ねる順番も大事。長女と次女は、自分で料理するので、パスタ皿やカレー皿を使って戻すことはありますけど、基本的には私がしまう係です。
枚数はありますが、全体を見渡しやすいので、満遍なく使えているのも嬉しいところ。自宅の器は、お店で紹介している作家さんのものばかり。こう見ると、開業時から今までの、お取引のある作家さんの器がぎゅっと詰まっているなと、あらためて感じました」
ダイニングのソファの向かいにあるサイドボードも、もう一つの食器棚として使われています。こちらは、グラス、マグ、酒器、カトラリー、朝食用のシリアルボウルなどが収納されています。
穴田さん:
「目黒にあるcarf(カーフ)という家具店のオリジナルの家具です。この家に越してきてすぐに買ったものだったと思います。こちらには、引き出しがついていたり、棚が低めだったりするので、酒盃などの小さいアイテムを収納しています」
いつもの器が “いいもの” である歓び
続いて、よく使っているお気に入りの器を見せていただきました。まずは日常づかいのマグカップから。
穴田さん:
「いずれも作家さんのもので、左から清岡幸道さん、久保田健司さん、伊藤丈浩さん、中園晋作さん、寺村光輔さん、櫻井満さんの作品です。
この中で一番古くから持っているのは、伊藤丈浩さんのもの。思い出深いものだから、縁が欠けてしまったけれど、金継ぎをして大事に使い続けています。
右から二つめはアイスコーヒーを飲むときによく使います。氷を入れてゴクっと飲むのにちょうどいいですよ。黒いマグはカフェオレ、白系はブラックコーヒーに。家族からは『六つもいる?』と思われているかもしれませんが、それぞれに似合うものがあるんですよねぇ。どれも満遍なく愛用しています」
穴田さん:
「小皿は、お刺身用と餃子用とそれぞれ分けてます。手前のちょっと大きいほうが餃子皿。大は小を兼ねるのではなく、食べるものに合わせて、ちょうどいいお皿を使いたいので、それぞれに気に入ったものを用意しています」
上の写真の、丸皿は安西淳さん、角重皿は菅原博之さんの作品です。乾漆という、漆と布をつかって造形する技法で制作されたもので、手にすると、とても軽くて驚きました。
穴田さん:
「伝統的な技法で、仏像の製作にも使われているんですが、今の私たちの食卓にも似合うモダンで美しい佇まいですよね。
お正月のローストビーフやちらし寿司もいいけれど、たとえば『笹かまを切っただけ』とかでもいいんですよ。器のおかげで、大葉を添えたら一品になります。
今年3月から、小6の娘の吹奏楽部の役員になり、今はそちらの仕事にも日々追われてます。全国大会に出場して、遠征もする強豪校で、手配などやることがたくさん。疲れてごはんを作る気力がない日も、『何も作れなかった』じゃなくて『これにしたよ』と思えるのは、本当に、器のもつ力だなと思います」
新しい器を買うタイミングは?
最近買ったものもありますか?と聞くと、こちらの梅本勇さんの器を見せてくれました。取材した日の少し前まで、ミストで個展をされていたとのこと。
穴田さん:
「展示会はお客様が優先ですから、会期が終わって、もしあれば数点買わせていただくことにしています。
こちらのボウルは、三女の朝ごはんのシリアル用にぴったり、八角プレートは、息子の大好きなピザトーストが似合いそう、と決めました。
選ぶ基準は、ふつうのお買い物とおんなじです。今使っているもののサイズを見直したいとか、長年使って欠けてしてしまったから入れ替えたいとか、あのおかずに合うものが欲しいとか。使いたいものを選んでいるから、あまり手放すこともないんです」
接客よりも「器を紹介する」という気持ちで
ずっと接客が苦手だったという穴田さん。けれど、店舗を移転し、ギャラリーとして不定期の営業に変えてからは、接客ではなく作品を紹介するという気持ちでいられて、すごく楽になったと振り返ります。
穴田さん:
「作品の持ち込みもあるし、人づてのご紹介もあるんですが、いつも器より人を見ています。応援したいと思える人かどうか。素直だったり、ちょっと変わっていたり、人柄が大事だなと思うんです。
人柄を知って、作品づくりの背景まで知ると、使うときも楽しいんです。器って、やっぱり人が作っているものですから、人生が色濃く映るんですよね。
これは独立したての頃だとか、これは技法を変えようと試行錯誤していた頃だとか、はたまたお子さんが受験していた頃だとか。その人ならではの感覚や感性と、お人柄も含めて、作品をご紹介できるというのは、とてもありがたいです」
この器はどなたのですか?と尋ねるたび、ほがらかな笑顔になる穴田さん。作家さんと作品への愛情に溢れた様子で、出し惜しみなくあれこれと、技法のことや自宅での使い方を教えてくださる姿が印象的でした。
作家さん、というと、少し遠い存在のように感じていたけれど、今度お買い物するときには、もっとその “人” を知ってから手にしたいな、という気持ちが湧いてきました。
それでは次回の更新も、どうぞお楽しみに。
【写真】木村文平
穴田 紀代美
吉祥寺にあるギャラリー「mist∞(ミスト)」の店主。 “自らの感覚や感性と積み上げて来た技でモノを作る人たち” の作品を紹介する。不定期で営業。最新の営業日およびイベントスケジュールは、ブログまたはSNSをチェック。
WEBサイト : https://misto.jp/
Instagram : @mistotokyo
Address:東京都武蔵野市吉祥寺北町1-1-20 藤野ハウス3F
※記事に登場したアイテムは、全て私物です。過去に購入したものを紹介しているので、現在手に入らないものもございます。どうぞご理解、ご了承いただけると幸いです。
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