
好きなものに囲まれて暮らすことの、幸せ。細かな日用品でさえ、自分はなにが好きなのだろうと気にかけて選んだものは、驚くほどに暮らしを心地よくしてくれます。
一方でなんとなくモヤモヤを感じながらも、そのままになっているものも。
本当はどうにかしたくても、なかなか立ち止まることはできないのが暮らし。その切実さがあるからこそ、心地よい方へ行くことにブレーキをかけてしまったり、自分の「好き」に鈍感になる時期があるのも感じていました。

作家・文筆家である安達茉莉子さんの著書『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』を手に取ったのは、まさにそんなときでした。
自分のことを好きになるなんてよくわからなくても、自分の生活を好きなものに変えていくことはできる。
たとえ制約はあっても、小さなことを変えるだけで思いがけないほどに流れは変わっていく。
私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE 安達茉莉子

ままならない毎日のなかでも自分と向き合い、「具体的に」「ひそかに」生活を改善していったという安達さん。
今回はその生活のことを、インテリアという視点を通してお聞きしてみたくて、鎌倉のご自宅を訪ねました。前後編でお届けします。
生い茂る緑と、鳥の声と

駅からの道をしばらく歩いていくと、山が近くに見えてきます。さまざまな鳥の声に耳を澄ませたり、紫陽花に見惚れたりしながら歩いて、思わず深呼吸したくなる緑に囲まれた場所に、安達さんの部屋が見えました。
大きなリースのかかったドア。チャイムを押すと、ピンク色のブラウスを着た安達さんが迎えてくれました。

リビングに入りすぐに見えるのは、一面の緑。部屋全体が緑色に染め上げられて、森の中にいるようです。
安達さん:
「この前、あ、部屋が緑だ、きれいと思って、思わず写真を撮ってしまいました。
ソファでくつろぎながら、窓の向こうの緑を見るのが好きなんです」
春には目の前に桜が満開になるので、縁側でお花見をするのも楽しみのひとつ。常に鳥の声が響く窓の向こうには、リスもよく通るんですよ、と安達さん。
この日はあいにくの雨模様で、駅に着いたときには「雨かあ」なんて思っていました。
けれどいきいきと生い茂る緑を前にすると、あいにくの、なんて言っているのは人間だけで、自然はただそこにあるんだな。ふとそんな感じがしてくるから、不思議です。
夕日を見にいく習慣が、日常にあるなんて

鎌倉での生活を始めて、2年ほど。この部屋への引っ越し前、安達さんは著書『私の生活改善運動』のあとがきで、いつかは「緑や土、海辺に近い場所で」と話していました。
本当にそのままを叶えられているのだなと驚いてると、「思えばずっとこういう暮らしを願っていました」と引っ越しのきっかけを話してくださいました。
安達さん:
「前に住んでいた土地も、ワンルームの部屋も、すごく気に入っていたんです。でもだからこそ、そこですべきことは全てし尽くしたなという気持ちもありました。飽和している感覚、というのでしょうか。
そのころ観葉植物の植え替えをしたら、急にのびのび育ち始めたことに驚いて。それまでも十分元気そうだと思っていたのに、ずっと狭かったんだなと気づきました。それで、ワンルームと私との関係も同じなのかもと。
かねてからの願いだった、自然に囲まれた暮らしへの気持ちも強くなってきていたのもあり、1年間くらい、ゆるりと部屋探しをしていました」

引っ越しを考えていると話した友人からは、「茉莉子は鎌倉が合うと思う」と言われていたのだそう。安達さん自身はそこまで強く意識してはいなかったものの、あるとき鎌倉へ訪れたときの景色が忘れられなかったと言います。
安達さん:
「その日は夕方に、鎌倉へサイクリングをしていたんです。海の方へ行くと、浜辺に人がたくさん集まっていて。なんだろうと思ったら、海に夕日を見に来ている人たちだったんです。日が沈んだら、みんな満足して、各々の家に帰って行く。
こんな習慣が日常にあるなんて、なんて素敵なんだろうと思って。『わたしはここに住みたい』と思いました」
「まりちゃん、これ好き?」
友人からの問いかけに答えられなかった日

引っ越しと同時に購入したヴィンテージの棚は、馬喰町の古道具屋『HYST』で見つけたもの。偶然にも、元は鎌倉で使われていた棚なのだそう。
巡り巡って、鎌倉に戻ってきた「里帰り棚なんです」と嬉しそうに話す安達さん。本棚ですが、お気に入りの食器を並べて使っています。
安達さんのお話を聞いていると、部屋だけでなく、住んでいる土地からまるごと暮らしを楽しんでいるのを感じました。
△正宗工芸美術製作所の『牛刀』。店員さんに普段どんな食材を切るのか、どんな使い心地がいいかと相談にのってもらいながら決めた
安達さん:
「鎌倉に引っ越してからは、土地に根差したお店へ行くのも、楽しみのひとつになっています。
例えば、地元の新鮮な野菜がたくさんある八百屋さんや、長く受け継がれてきたものを大事にするお店があるのも、この土地ならではですよね。
地域のお店があるのって、なんだか懐かしくて嬉しくて。いつまでも残っていてほしいです」
住む土地も部屋も、雑貨も、しっかり見つめて決めている印象の安達さん。けれど数年前までは、こうして「暮らしを楽しむ」世界があるということ自体を知らなかったのだと言います。
△形違いで揃えたガラスの照明は、群馬県のうつわ店『NITAY妙義山麓』で買った、安土草多さんの作品。「引っ越して、ずっとやってみたかった吊るす照明が叶いました」
安達さん:
「きっかけになったのは、友人の『人生は短いんだから、自分が好きじゃないものを使っている時間はない』という言葉でした。
その友人は普段から、たわしひとつのために県を跨いで足を運ぶような人で。それで、行ってみたら目当てのものがなかったと笑っているんです。
そんな彼から聞いたのが『生活改善運動』でした。
調べてみると、もともと日本の歴史のなかで実際にあった運動で、彼はそれを自分の生活になぞらえて考えているようでした。衣食住すべてにおいて、自分が豊かに暮らすためにどうしたらいいか考え、そのために軽やかに動く。
『生活改善運動』のことを聞いて、もっともっと前に、別の友人に言われたことをふと思い出したんです」

そのとき安達さんは、部屋に遊びに来た友人に、自分の部屋でうまくリラックスできない、と話していたのだそうです。
安達さん:
「わたしの話を聞いた彼女は、目の前にあったかごを指差して『まりちゃん、これ好き? 見ていていい気持ちになる?』と聞きました。
なんだか、うまく答えられなかったんです。
そんなわたしを見て友人は、『これから目に見えるところには、まりちゃんが見ていて嬉しいとか、かわいいって思えるものだけを置いてみたらどうかな。そうしたらきっと部屋にいるだけで、安心したやさしい気持ちで過ごせるんじゃないかと思うよ』と、柔らかに提案してくれました」

安達さん:
「自分が心地いいという感覚を大事にしていれば、きっとそこはくつろげる場所になる。
これって思えば、『生活改善運動』そのものだったんだなと気づいて。友人二人の言葉がつながって、少しずつわたしも自分なりの生活改善運動を始めてみようと思いました」
でも、何から始めたらいいのでしょう
△部屋の中心にあるテーブルは埼玉県川越市の古道具店『Utakata』で出会ったもの
『生活改善運動』を始めて数年が経つ、安達さんの部屋。「今ではこの部屋で過ごす時間が本当に幸せです」と話します。
けれど暮らしは絶え間なく続いていくものでもあり、あらゆる事情でモヤモヤを放置せざるを得ないことも。自分や家族の事情、体調、気持ち、タイミング。
もちろん安達さんご自身も、そんな生活の切実さを何度も著書のなかで語っていました。健やかに生活改善運動を始め、続けていくにはどうしたらいいのでしょうか。
安達さん:
「そうですね。まず『生活改善運動』は運動であって、活動ではないと思うと、気が楽になるんです。わたしの中でのイメージですが、『活動』とつくものは、ちゃんとやらなきゃという義務感や、プレッシャーがあるなあと。
でも『運動』は無理をせず、自分のペースで進められるものだと捉えていて。思うようにいかない日だってあるからこそ、わたしには『運動』がしっくりきています」
△器は瀬川辰馬さんのものがずっと好き
安達さん:
「だから始めるきっかけも、本当になんでもいいと思うんです。わたしは初めのころ『一年に一回、好きな器を買っていい』と決めていました。
するとこの器に美味しいものを盛りたいなとキッチンに立つ回数が増えたり。数枚揃えてみると、家に友人を招く機会が増えたり。本当に少しずつ、生活が変わってきました」

***
「ちなみに鎌倉に引っ越すきっかけになった、夕日を見たときのサイクリングも、生活改善運動のなかで見つけた趣味なんです」と安達さん。
数年前に生活改善運動を始めたご自身が、この部屋へ連れてきてくれたのだなと感じました。
続く後編のテーマは、収納や積読など、部屋のなかで「遠ざかってしまいがちなもの」のこと。安達さんなりの向き合い方と、そこからつくられるお部屋についてお聞きしました。
(つづく)
【写真】ニシウラエイコ
もくじ
第1話(7月21日)
夕日を見に行く人々を見て、決めた引っ越し。作家・安達茉莉子さんの部屋を訪ねました
第2話(7月22日)
収納が苦手でも、積読があっても。変わるべきは、自分自身ではないのかもしれません


安達茉莉子
東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『世界に放りこまれた』(ignition gallery)、『らせんの日々 ― 作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)などの著書がある。2025年10月に新刊『とりあえず話そう、お悩み相談の森 解決しようとしないで対話をひらく』(エムディエヌコーポレーション)を出版。