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【月と太陽がくれたカレンダー】第四話:鳥の声に一陽を感じる
白井明大
ベランダにつづく窓をあけたとき、キィと高く、短い声が聴こえました。
初めて耳にしたときは、何の音だろう? と思ったものです。でも、鳥取で何度か冬を過ごすうちに聴き覚えのある声に変わっていました。
冬の渡り鳥、ジョウビタキの鳴き声です。
ジョウビタキを見たことはありますか? スズメよりちょっと小さくて、雌雄どちらもそれぞれに美しい羽根をもつ鳥です。
オスは、頭のてっぺんが白くて、顔と背中と羽根が黒。おなかがオレンジ色をしています。
メスは、頭から背中にかけて褐色で、羽根はやや濃い褐色。
そして、オスもメスも羽根にちょこんと白い斑点をつけています。
オスの羽根色はカラフルなので、一度目にしたら強く印象に残るかもしれません。メスのほうは全身がやわらかな色調で、同系色の濃淡が美しく、いつまでも眺めていたくなります。
いつかの一月に大雪が降ったあと、真っ白になった川沿いを散歩しているときに、ひらっと飛び上がっては、また雪野に降り立って、まるで舞い踊っているようなジョウビタキを見かけました。
白い雪のつもった土手を背景にして、ジョウビタキのあざやかな色の羽根がいちだんと際立ち、まるで白いキャンバスに描かれた絵のようでした。
十二月下旬に冬至を過ぎると、短かった昼の時間が少しずつのびてきます。
一年のうちでもっとも夜が長く、もっとも昼が短い冬至というのは、この世界を陰と陽でとらえる古代中国の陰陽思想によれば、陰のきわまる日とされます。
そんな冬至の日から、くるっと折り返して、日がだんだん長くなり、少しずつ陽の気がよみがえってくることを、一陽来復といいます。
転じて、たいへんなことがあった後には、ちゃんといいことがめぐってくる、という意味も一陽来復には込められています。
年が明けて寒の入りした一月のなかば、七十二候では「雉始めて雊く」という季節が訪れます。
オスの雉がメスに恋をして鳴く候ともいいますが、また別の説では、陽の気がしだいに高まってきたことに気づいた雉が鳴きはじめる候ともいいます。
鳥というのは、陰陽の動きを敏感に感じとるもので、陽の気が回復するほのかな兆しをいち早くとらえることから、真冬にもかかわらず、この雉の鳴く季節が設けられたようです。
ざんねんながら、七十二候にジョウビタキの季節はないのですが、一月という寒さのまっただ中に、旧暦では、春の気配を先どりするような季節がちゃんとあるんだということが、なんだか印象的です。
春は、ある日を境に冬から春に切り替わるのではなくて、冬が終わりに近づくにつれて、そっと春への流れがはじまっていくのですね。
ちなみに七十二候では、大晦日から年明けにかけて、冬至の末候「雪下麦を出だす」という季節がめぐってきます。
降りつもった雪の下でも、麦は芽を出すよ、という意味の季節です。
一年のおわりに、どっかと雪の重みがのしかかろうと、それに負けないで、小さな小さな麦の種が、目の届かない雪の下で、つぶらな芽吹きのときを迎えるというのは、ほんのささやかなできごとかもしれませんが、なんて美しい萌芽なんだろうと思わずにはいられません。
雪野にジョウビタキが、キィと鳴くとき、もしかしたらそれは、足もとの雪の下で麦の芽がのびてきたという、陽の気の兆しを感じとってのことかもしれません。
冬のさなかにも美しい瞬間は訪れます。ほんとうにさりげなく、いかにも普段どおりという顔をして。
その美しい瞬間とは、たとえば、窓辺から冬日が射し込んでテーブルが明るんでいたり、コーヒーを淹れたマグカップからほのほのと湯気が立ちのぼっていたり⋯⋯。
まだまだ寒くて陰の気に満ちているところへ、ふっと陽の気が舞い込むような、あたたかさやほほえましさに満ちたひとときにも思えます。
あなたがしみじみと陽を感じる、春間近の瞬間はどんなときですか?
文/白井明大
詩人。1970年東京生まれ。2008年より、二十四節気七十二候に沿って季節の移ろいを感じる「歌こころカレンダー」を毎年制作。2012年、『日本の七十二候を楽しむ ─旧暦のある暮らし─』が静かな旧暦ブームを呼んで30万部超のベストセラーに。2016年、『生きようと生きるほうへ』で第25回丸山豊記念現代詩賞を受賞。『いまきみがきみであることを』『日本の憲法 最初の話』など、自然や生命や心の自由に関わる著書多数。
イラスト/shunshun
素描家。1978年高知生まれ、東京育ち。広島在住。心に響いた光景を、ブルーブラックのペン一本から生まれる線により、一つひとつ精魂を込めて描く。毎年自主制作している『二十四節気暦』カレンダーのファンは多い。著書に『椿ノ恋文画集』『一條線一片海』など。
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