【私らしく生きるには?】第1話:違和感を覚えたら動き、無理なく心地よく働ける方向に。

ライター 長谷川未緒

50代を目前に、これから先どう生きていこうかな、とよく考えています。

好きなことを仕事にしているけれど、このまま同じように続けていける保証もなく、だからといってこうしたらいいという打開策があるわけでもなく。

そんなときに、ふと思い浮かんだのがニット作家のサイチカさんでした。

50代を迎えてから、ご自身のお店を持ったり、海外でワークショップをしたりと、ニットという軸を持ちながら人生の幅が広がっているご様子。

人生の少し先を行くサイさんに、これまでどんなふうに歩んでこられたのか、これからのことをどう考えているのかを伺いに、ご自身が営むショップ「糸と針」を訪ねました。前後編でお届けします。

 

好きなことを仕事にすべく、試行錯誤した若い頃

東京・松陰神社前にある「糸と針」。ちいさな建物の2階に上がると、棚にはみっしりと毛糸が詰まり、手編みのセーターが吊り下げられています。

この店がいちばん自分らしくいられるというサイさん。ニット作家になったきっかけは何だったのでしょう?

サイさん:
「子どもの頃からもの作りが好きでした。好きなことを仕事にしたいと思い、専門学校で洋裁やニットを学び、アパレル会社に就職してニットデザインの担当に。

やりがいのある職場でしたが、次第にデザインするだけではなく自分自身の手を動かして作りたいなと思うようになりました。

大好きなデザイナーの会社でしたが、毎シーズン大量のセール品や処分品が出ることに、自分の中で違和感もありました」

そこで会社を辞め、自分で作る道を模索し始めたわけですが、順風満帆ではなかったようです。

サイさん:
「創作に夢中になってしまって、その格好で街へ出るのは難しいでしょ、というようなものを作っていたんですよ。上にコートは着られないセーターとか。

あるとき、売り込みに行ったモデル事務所の社長に、『これを一般の人に着てもらおうと思うのは間違い』と言われ、スタイリストさんのリストをくれたんです。『ここに写真を送りなさい』って」

作品を撮影し、100人のスタイリストに送ったところ、なんとその中からふたりだけ、仕事を依頼してくれました。

サイさん:
「そこから舞台やコンサートの衣装を作るようになりましたが、それだけでは食べていけないので、10年くらいはアルバイトをしながら制作をしていましたね。

リクエストに応えつつコミュニケーションを取りながらのもの作りは、素晴らしい経験でしたが、衣装は一瞬、着る人が輝くのをお手伝いする仕事。

次第に、もっと長く着てもらえるものを作りたいという気持ちが湧いてきて、『クラフトフェアまつもと』に作りためたセーターを持って参加したところ、出版社の方とめぐり会い『ハンドニットの本を作りませんか』と声をかけていただきました」

 

おいしいものをお裾分けする気持ちで

出版社からのオファーを受けたのは、ちょうど娘さんがお腹にいた35歳のとき。そこから3年後にはじめての本を世に出しました。

サイさん:
「全く本作りを知らなかったので、編集者さんにリードしていただいて。

1冊の本を作るのにいろいろなプロフェッショナルがチームを組んで、長い時間をかけて作ることに驚きました。

How to 本なので、読者が再現しやすく、編んで着て楽しいパターンが作れたら!と心がけてはいますが、基本は今の自分に素直に好きなものを紹介するようにしています。

それは自分がおいしいと思うものを、おいしいから食べてみて、とお裾分けする気持ちに似ています」

サイさん:
最近は、こういう世界観で作りたいという思いをチームで共有して本作りに取り組んでいて、共同作業を通じて空想の翼が広がり、撮影のときはご褒美のような時間。

ですが、責任を感じますし、毎回、ちゃんと読者に届きますようにと祈りながら、発売日はドキドキしています(笑)」

 

肩書きや環境が変わっても、変わらずに大切にしてきたこと

ニット作家としての仕事と子育てと、両立は難しくなかったのでしょうか。

サイさん:
「娘が学校から帰るまでとか、娘を寝かしつけるときには一緒に寝て、早朝起きて仕事をするなど時間は限られていましたが、私は締め切りがないと仕事ができないタイプなので、苦にはなりませんでした。

以前、作った本を見返すと、日記みたいにあの当時のことを思い出します」

アパレル会社でのニットデザイナー、舞台衣装作り、ニット作家と、自分の気持ちや違和感に正直に向き合い、歩んでこられました。変化を恐れることはなかったのでしょうか。

サイさん:
「変化したというより、だんだんと深みが増してきたというか、年を重ねるにつれて楽しみが広がってきたんです。

その時々で、一緒に仕事をする相手や求められるものは変わってきたけれど、『おいしいものができたよ』と自分も相手もいいと思えるものを提案したいという、根底にある気持ちは同じだと思っています」

サービス精神が旺盛で、みんなに喜んでほしいという気持ちが強いサイさん。2019年、50歳になったタイミングで、かねてからの目標だったショップをオープンしました。

 

この先も仕事を続けるためにお店を始めたけれど……

サイさん:
「本を作るのは充実感とやりがいがあるのですが、出版社からの依頼があってこそなので、やっぱり受け身ではあるんですよね。

子育てをしながら家族が留守のあいだに食卓で仕事をしていましたけれど、50歳の節目に、もっと自立した仕事をしたい、場所を持ちたいという思いが芽生え、アトリエを構えようと思ったんです」

そうしてアトリエを兼ねたスペースを借りたサイさん。

続く後半では、コロナ禍になってしまい、思っていたのと違う結果になったというお店のことや、娘さんとのこと、あこがれのデンマークでの体験などについて伺います。

 

【写真】メグミ

 

もくじ

 

サイチカ

ニットデザイナー。文化服装学院でニットデザインを学ぶ。子育てを機に、2010年から書籍や雑誌にデザイン提供を開始。東京・松陰神社前で営む「糸と針」では、ワークショップも。https://saichikaknit.stores.jp/

 

 

 


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