【かぞくの食卓-table talk-】第1話:ゆっくりで、いいよ。「POMPONCAKES」立道有為子さんの焼き林檎

顔が見えない社会のペースに焦って、「あれしてこれして」「早く早く」と子どもを急かしてしまうことがよくあります。できれば言いたくないし、家族で穏やかに過ごしたいのに。
忙しない日々の句読点に、おいしいケーキをポンと置くと、心がまるく、やさしくなれる。鎌倉山の麓にある「POMPONCAKES BLVD.」に立ち寄るとき、私はいつも、大切な家族を想っています。
誰と、何を食べて、どう生きるのか。ある日の食卓から、家族のものがたりを辿っていく新連載「かぞくの食卓-table talk-」。家族の思い出の味のレシピも教わります。
第一話に登場いただくのは、POMPONCAKESを営む 立道有為子 さんです。
控えた砂糖は“ちょっとしたやさしさ”

春は桜色に、秋は紅葉色に染まる。季節が移ろう鎌倉山を眺めながら、立道有為子さんは夫の伸一郎さんとふたりで暮らしています。
週に4、5日はお店に立つ有為子さん。お休みの日にはゆっくりブランチを。今日は朝から台所で、全粒粉に押し麦を混ぜた食パンを焼き、ミネストローネをこしらえ、紅玉のジャムを煮ます。

「焼き林檎がある!」
食卓に好物を見つけた伸一郎さんが声を弾ませます。その反応に有為子さんはにっこり。まずはもりっとジャムを乗せた食パンを頬張ります。どちらも砂糖は使わず、林檎そのものの味わいです。

有為子さん:
「家族の体に負担がないように、お砂糖はおいしさとのバランスを考えながら、ぎりぎりの量で。それがやさしいお菓子になる秘訣かなって」
ホームメイドの温もりとクラシックな上品さをまとい、季節が詰まった軽やかな味わいは、いくつでも、何度でも食べたくなる。POMPONCKACESのケーキに漂うやさしさの源は、家庭の食卓にありました。
休日は予定を入れず、ゆっくり過ごす

週末のブランチは、幼い子どもを育てていた頃からの家族の習慣。息子の嶺央さんと娘の桜子さんと家族4人で庭に出て、伸一郎さんがつくった木のテーブルいっぱいに料理を並べました。
有為子さん:
「家族が『わあ〜!』って喜んでくれるのがうれしくて、パンを焼いたりドーナッツを揚げたり。朝の10時頃から始めて、お茶を淹れて気づけば15時、16時まで。平日に家の仕事をがんばって終わらせて、週末は家族でたくさんおしゃべりをしながら、ゆっくり過ごしていましたね」
伸一郎さん:
「家内はね、どんなものでもつくっちゃう。子どもたちと“魔女みたいだね”って言っているんですよ」

有為子さん:
「人の手でつくれるものなら私にもできるかなって。手間暇をかけるのが好きなんです。好きというより、性格なのかな」
そう微笑む有為子さんの周りにはゆったりとした空気が流れているようです。聞けば「早くしなさい」と子どもたちを急かしたことはないそう。

有為子さん:
「今の時代はみなさん忙しく、スピードも早いので難しいですよね。その頃は、世の中の時間の流れがもう少しゆるやかで。先に自分の気持ちを押し付けるのではなく、子どもたちの話をよく聴いていたように思います。常にそのことを心がけていました。
子どもたちは私の知らない外の世界のことを教えてくれる。子どもなりの考えをちゃんと持っていて、きちんと話して相談すると、ああ、そんな答えもあるのだなって、新しい解決策を示してくれることもありました」
桜子さんの学校を決めるとき、当時小学2年生の嶺央さんに相談したエピソードをうれしそうに思い出す有為子さん。子ども扱いせず、一人の人として尊重してきたことが伝わってきます。
心と体にやさしい食事と、楽しい思い出をつくる

有為子さん:
「子育てで大切にしてきたことは、できる限り、手間をかけて心を込めて毎日の食事を用意すること。それから、楽しくて幸せな思い出をたくさん持って大きくなれるといいなって」
安心できる食材と調味料で、旬の野菜たっぷりの料理をつくる。毎日の食卓に欠かさないのはスープ。夏は冷たく、冬は温かく、体に沁み渡るものを。娘の桜子さんは外で悲しいことがあったときも、スープでほっと心が落ち着き、涙が滲んだこともあったとか。

毎日の食事を用意することが嫌になることはありませんか?そんな問いを投げかけてみると──
有為子さん:
「私にとってお料理は喜び以外の何ものでもないの。家族をはじめ、私がつくるものをおいしいって食べてくれる人が周りにいてくれたことが、私のいちばんの幸せだったかな。あ、でもね。一年のうちで私のお誕生日と母の日だけはお台所には立たずに、ゆっくりさせてもらっているんです」
363日、有為子さんは家族を想い、台所に立ち続けてきました。

クリスマスには毎年、いろいろなつながりのたくさんの友人や親戚を自宅に招いてパーティーを開きました。
有為子さん:
「どなたでもどうぞと、お知り合いのお知り合いもいらしてね。丸鶏を焼いて、伸さんが切り分けて、翌朝は泊まった子どもたちがクッキーの家をおもちゃのハンマーで叩き割って。子どもたちが夜更かしをしてもいい、特別な日でした」
その時間はきっと、楽しく幸せな思い出として子どもたちの心に降り積もっていったことでしょう。
物語の世界に紛れ込んだような部屋には、家族の思い出が溢れています。

「フレンチアメリカン」な料理の原点

京都府の舞鶴市で、華道と茶道の師範である母と、“ハイカラ”な父のもとに生まれ育った有為子さん。
有為子さん:
「両親とも人をもてなすのが好きで、みんなでおいしいものをいただく楽しさを教わりました。欧米のかっこいいものが好きだった父の影響で、アメリカに憧れを持っていたんです」
時は1970年代。東京での大学時代、3ヶ月間、ホームステイをしながらアメリカ全土を旅したことも。卒業後24歳で、同郷の伸一郎さんと結婚。27歳の頃、伸一郎さんの仕事の関係でサンフランシスコ近郊の町に1年間滞在しました。

有為子さん:
「フランス人のマダムがLa Montagne(ラ・モンターニュ)という屋号で料理教室を開いていらしてね。丘の上に家があって、お料理を教わり、パーティーに招いてくださって、家族ぐるみで仲良くさせてもらいました」
帰国後、嶺央さんが生まれると同時に、有為子さんは自宅でケーキ教室「ラ・モンターニュ」を開くように。
有為子さん:
「一緒にケーキを焼いて、みんなでおしゃべりをして、サロンのようなお教室でね。ケーキの周りにある幸せな時間をわかち合うことを大切にしていました」
有為子さんが30年以上、家庭で焼き続けてきたケーキが今、POMPONCAKESのショーケースに並んでいます。きっかけは、ほかのどこにもない有為子さんのケーキを「フレンチアメリカンだね」と面白がった息子の嶺央さんでした。
暮らしの延長線上で、家族3人で始めた小商い

大学で建築を専攻していた嶺央さんは、高層ビルが崩れ落ちたNYの9.11の光景から、コンクリートで固めた近代建築に疑問を持つように。日本の伝統建築文化を学びたいと京都の茅葺き職人に弟子入り。2年ほど修行をしたのち、「自分が生まれ育った町をもっとわくわくする場所にしたい」と鎌倉に戻って来ていました。
伸一郎さん:
「鎌倉の町で、自分がとびきりおいしいと思っている母のケーキをカーゴバイクで販売することを思いついたようで。建築も行商も同じ、町をデザインするツールだと。息子の話を聞いて驚きもしましたが、おもしろそうだな、妻のケーキを喜んでくれる人がいたらうれしいなと。家族で小さく始めてみることにしました」
いつだって子どもを否定せず尊重し続けてきたふたりは、60歳を前に息子の嶺央さんと小商いをすることに。工房として借りた小さなアパートで有為子さんが朝からケーキを焼き、夕方に嶺央さんがカーゴバイクで町に売りに出て、伸一郎さんはバックオフィスを担当。
一つひとつのケーキを、一人ひとりに届けて15年──。カーゴバイク1台、家族3人で始めたPOMPONCAKESは、鎌倉に3店舗を構え、20人以上のスタッフとともに、地元だけでなく国内外の人たちにも愛される場所に育っています。
有為子さん:
「いまだにPOMPONの厨房でキラキラしたケーキができると、“お店屋さんみたい!”って言っちゃうの。私は今も昔も変わらず、大切に想う人たちの喜ぶ顔が見たくて、ケーキを焼いています。家族のために、お客さまのために」
有為子さんの手仕事の先にはいつも、幸せそうに頬を緩める大切な人たちがいます。
忙しいときも、手放さずにいること

「今が人生でいちばん忙しい」と声を揃えるおふたり。それでも、週に一度の休日だけでなく、朝晩は毎日一緒に食卓を囲んでいます。
有為子さん:
「ケーキのお教室を始めるときもそうでしたが、自分がやりたいことをやることで、家族が甘いものを食べ過ぎたり、食事を用意できなくなることはないようにしようって決めたんです。何より、私が大切にしたいことだから」
朝9時前には家を出て、お店に立って、夜7時過ぎに帰宅。そこから有為子さんは台所に立ち、どんなに忙しくても、いつも通りに夕食をつくります。

有為子さん:
「伸さんがゆっくりでいいよ、と言ってくれるので。でもね、食べ始めるのが夜9時なんてこともあって。眠くなって、ぽろっとお箸を落としたりしてね」

そう笑い合うふたりは、もうすぐ結婚して50年。仲睦まじい夫婦の秘訣を聞いてみると──
「信頼と尊敬と感謝。それと…愛かなっ」
そんな言葉も不思議と、少女のような笑みを浮かべる有為子さんがさらりと放つと、すーっと心に沁み込みます。魔法にかけられたように。

「ゆっくりで、いいよ」。毎日は難しくてもたまには、自分に、娘に、そう声をかけてあげたい。次の週末は予定を入れず、家族でただゆっくり過ごそう。一つひとつに手をかけ、小さな喜びを味わって。忙しい日も、私が手放さずにいたいことはなんだろう。そんな思いを巡らせながら、夢見心地で、鎌倉の丘の家をあとにしました。
林檎の芯を小さなフォークでくり抜き、穴にほんの少しの砂糖とバター、レーズンとシナモンを入れて耐熱皿に並べ、180℃に温めたオーブンで30分程度、皮にしわができるまで焼く。
有為子さん:
「手に入る期間は短いけれど、林檎は酸味がある紅玉がおすすめ。無農薬や減農薬のもの、あるいは塩をすり込むようにして洗って、ぜひ皮付きのままで。生クリームやアイスを添えて、伸さんは赤ワインやブランデーをかけるのが好きです」
photo:井手勇貴
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