【あのひとの子育て】家族と一年誌『家族』中村暁野さん〈前編〉家族も、子育ても。「素敵なこと」ばかりじゃない
ライター 片田理恵
子育てに正解はないといいます。でも新米のお父さんお母さんにとって、不安はまさにそこ。自分を形作ってきたものを子どもにどう伝えるのか。「好き」や「得意」をどうやって日々に生かせばいいのか。正直、わかりませんよね。だって正解がないんですから。
だから私たちはさまざまなお仕事をされているお父さんお母さんに聞いてみることにしました。誰かのようにではなく、自分らしい子育てを楽しんでいる“あのひと”に。
連載第5回目は、家族と一年誌『家族』の編集長・中村暁野(あきの)さんをお迎えして前後編でお届けします。
「わたしの子育ての模索と葛藤は、いつだって次へのステップと自分を信じることにつながっている」。そんなふうに感じていただけたらうれしいです。
ちゃんとしたお母さんになりたい病、発症
写真/奥山由之(『家族』取材撮影時)
この冬、中村家に新しい家族が誕生します。来春小学生になる長女・花種(かたね)さんは、ずっと「妹がほしい」と公言していました。
第二子が“男の子”だとわかり、夫妻は夕食後に「重大発表」の場を設けて花種さんにそのことを伝えました。
インタビュアーの父・俵太(ひょうた)さんから手渡されたマイク(のおもちゃ)を思わず手から落とし、花種さんは「残念だ!」とひと言。でもその後はなぜかの大爆笑で、お姉ちゃんになる喜びをさく裂させていたといいます。
私にはそんな中村家が「センスと、ユーモアと、揺るぎない愛情に包まれている」ように見えました。でも、暁野さんは「全然違う」といいます。「そんなに素敵家族って感じじゃないです」と。
暁野さん:
「お母さんはこうあるべきだっていう自分の中にあるイメージに何年も苦しんできました。“ちゃんとしたお母さん”になりたかったし、ならなきゃいけないと思いこんでいたんですよね。でも、なれない。なれなくて当たり前だって今は思えるけど、当時はそういう自分を責めてたから」
やってもやっても響かない苦しさの先にあるもの
それは母となった女性の多くが乗り越えなければならない壁かもしれません。愛する我が子にあれもしてあげたい、これもしてあげたい、友達はこうしていた、知り合いがこう言っていた、母はこうしてくれた、だから私も、私も。
暁野さん:
「理想に当てはめたかったんですよね。母親としての自分のことも、娘のことも。お母さんが穏やかに過ごしていれば子どもも穏やかだ、と聞けばそうしたくなる。そうできる自分でいたいし、自分が頑張っているんだから娘にもそれに応えてほしいという気持ちがありました」
結果はことごとくうまくいかなかった、と言います。
暁野さん:
「聞きかじったことが、私と娘には何ひとつあてはまらない気がして(笑)。やってもやっても響かない、ということにだんだん心も体も消耗してしまったんです。『私のせいなのかな、私が悪いのかな』とすごく悩みました」
ここ2年ほどでやっと開き直れたという理由を、暁野さんは「苦しかったけど、それでも子育てを続けてきたから」と分析しています。親子で毎日をともに暮らし、歩むなかで「子どもを勝手にワクにはめなくていいんだ、違うっておもしろいことなんだ」と自然に思えたそう。
暁野さん:
「私、自分に対しての劣等感や挫折感が強いんです。だからもがく。好きになりたいからもがくんですね。子育てもそうやってもがいているうちに『自分の思い込みを外せばいい』ってわかったのかも」
「家族」ってなんだろう
子育てに奮闘する一方、パートナーとして一番理解しあいたい俵太さんとの関係も決して良いとはいえないものでした。
暁野さん:
「夫の仕事が忙しすぎて、子どもの世話はほとんど私がやらざるをえない。『こういうふうに子育てしていきたいよね!』とか、話し合う時間もない。まれに話せても意識が全然違うんです。
私は娘の口に入るもののひとつひとつに気を配りたい気持ちがあって、食材選びや調理の仕方にこだわったり、安全だと思う水を遠くまで汲みに行ったりしてたんですけど、彼はその意見に同調も否定もしない。『やりたいようにやっていいよ』というスタンス。だから全然夫婦で一体感がないんですよ。
別にいつもギスギスしてるわけじゃなくて、3人で楽しく過ごしている時間もたくさんあるんだけど、でもどこか基本的な部分がわかりあえていないんじゃないかといつも思ってました」
家族って、なんだろう……。暁野さんはそんなふうに考えるようになっていきます。そして夫妻は「私たち家族が家族とは何かを模索するために」、家族と一年誌『家族』を創刊しました。
素敵だけじゃない、いろんな側面が見たい
写真/奥山由之(『家族』取材撮影時)
雑誌のコンセプトは「一年を通じて一家族を取材する」こと。アートディレクションは夫の俵太さん、原稿を書くのは暁野さんですが、取材者はいわば中村家全員。誌面に込めるのは、彼らが自分たちとは別の“家族”と出会い過ごすなかで体験し、感じ、考えたことのすべてです。
2015年に発売になった創刊号は、大きな話題を呼びました。
このとき登場した「家族」は、鳥取・大山の森の中で暮らすHUT SBALCO designの谷本家。父・大輔さん、母・愛さん、長男・空南(あなん)くんの3人です。中村夫妻が彼らを取材すると決めた理由は「前から知っていて、家族が仲良しで、幸せそうに見えた」から。
暁野さん:
「本当に素敵な家族だなぁと思っていて、でもそれだけじゃないはず!というのが出発点でした。家族っていい瞬間ばかりのはずがないから。素敵だけじゃない家族のいろんな側面と出会いたい、それが『家族』を考えることだと思ったんです」
伝えたいのは「情報」ではないもの
暁野さんは大学卒業後、PoPoyansのnonとして音楽活動を続けてきました。さまざまなママ雑誌でnonさん、あるいはnonさんと花種さんの写真や記事を見かけたことのある人も多いかもしれません。
暁野さん:
「子育て本、ママ雑誌、育児サイト、SNS。震災以降はますます、情報に敏感になりました。情報が苦しんでいる私を救ってくれるんだと思ったし、そこに書かれていることを実践できれば自分自身や子育てがいい方に変われるんだって」
けれど実は、それもまた「ちゃんとしたお母さん」同様の思い込みだったと後に気づきます。情報は大事だけどそれが自分にとって本当に“正しい”とは限らない。情報を知った上で自分にとっての“正しさ”を探すことが大事なんじゃないか。今、暁野さんはそんなふうに考えているそう。
暁野さん:
「家族と一年誌『家族』で伝えたいのは、情報じゃないんです。りんごのマフィンの焼き方じゃなくて、自分が作ったりんごのマフィンを娘に食べてほしいっていう気持ち、なのかな」
それでもやっぱり「いいお母さんになりたい」
写真/奥山由之(『家族』取材撮影時)
暁野さんの魅力のひとつは、「もがき続けて、現在もなおもがいていること」かもしれません。
わからないからいいや、とあきらめない。わかったからいいや、と慢心しない。しっかりと自分や夫、娘と向き合い続けることは決してラクではないけれど、「家族だから」できるたったひとつのことだとも言えるのではないかと感じました。
今、暁野さんが言う「いいお母さんになりたい」は、きっと「家族にとってのちょうどいいお母さん」なのだろうと私は思います。それはその家族だけにぴったりとくる、その家族だけにちょうどいい存在。
次回後編では、家族と一年誌『家族』の創刊以降、変化しつつある中村家の日々をご紹介。素敵ばかりじゃない、そしてだからこそかけがえのない、家族の暮らしの様子をお伝えします。
(後編につづく)
写真1、3、4、6枚目/神ノ川智早
中村俵太さん・暁野さん
俵太さんはアートディレクター、暁野さんは編集長として、家族と一年誌『家族』の企画・デザイン・編集・執筆を手がける。長女・花種さんと3人暮らしで、今冬に第2子を出産予定。現在は『家族』2号の取材を進めている。http://kazoku-magazine.com
ライター 片田理恵
編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務と出産と移住を経てフリー。執筆媒体は「nice things」「ナチュママ」「リンネル」「はるまち」「DOTPLACE」「あてら」など。クラシコムではリトルプレス「オトナのおしゃべりノオト」も担当。
感想を送る
本日の編集部recommends!
小さな不調のケアに
手間なくハーブを取り入れられる、天然エッセンシャルオイル配合の「バスソルト」を使ってみました【SPONSORED】
【11/26(火)10:00AMまで】ニットフェア開催中です!
ベストやプリーツスカートなど、人気アイテムが対象に。ぜひこの機会をご利用ください♩
お買い物をしてくださった方全員に「クラシ手帳2025」をプレゼント!
今年のデザインは、鮮やかなグリーンカラー。ささやかに元気をくれるカモミールを描きました。
【動画】北欧をひとさじ・秋
照明ひとつでムード高まる。森百合子さんの、おうち時間を豊かにする習慣(後編)