【金曜エッセイ】クリスマスにお正月に。季節のめぐりは止まらない(文筆家・大平一枝)
文筆家 大平一枝
第六話:季節のしっぽ
12月も半ばだというのに、じつはまだクリスマスのしつらえにまつわる小物を出していない。箱にまとめ、すぐ取り出せるようにしてあるのだが。出して飾り付けて、クリスマスが過ぎたらまた片づけて。そこまで考えると、どうも重い腰が上がらない。
オーナメントやリースなどクリスマスのしつらえが子ども仕様で、なんとなく家の雰囲気に合わなくなってきた、ということもある。高校生や大学生の子どもたちが、かつてほど無邪気に喜ばない。
正月、節分、雛祭り……。ついこの間まで、家庭での季節の行事を大事にやってきたのに。なぜこんなに億劫に思うのだろうと振り返って、ちょっと気づいた。
片づけ忘れる自分と向き合うのが、嫌なのだ。
クリスマスリースも雛人形も、片づけるのがいつも2〜3日後になってしまう。「雛人形はすぐ片づけないと、婚期が遅れるらしいよ」と娘に言われたことがあるが、このときだけ「うちは旧暦で御祝いするんだよ」と、実家の慣習を引き合いに出す。
なぜか、ついうっかり気づくと何日も過ぎているのだ。そして、そのしつらえを見るたび、てきぱき片づけられない怠惰な自分が情けなくなる。だめだなあ私はと、小さく落ち込む。
そんなことを考えているときに思い出すのは、取材先で聞いた農家の人の言葉だ。
「自分たちの仕事は、晴耕雨読のようにのんびりしたイメージをもたれがちですが、農家は忙しい。季節は待ってくれないですから」
田畑で働いているだけではない。有機米を直接受注販売しているある農家のご夫婦は、夕食後は室内で米の選別、精米、梱包、発送作業、経理があり、お酒を飲むのは休日の前だけだと言っていた。飲んだら作業が出来なくなるからと。
農閑期は野菜や果物を干したり、漬け物など保存食、加工が待っている。道具の手入れも含め、次の季節の準備などやることは次々ある。
「本は1年に数冊読めたらいいほう」とみな、異口同音にする。
季節に寄り添って暮らすというのは、じつは忙しいものなのかもしれない。人間の事情などおかまいなしに、雪は降り、溶け、空気がぬくもる頃に木々や大地に新芽が出る。巡りは止まらない。
立ち止まって、カフェに寄り道をし、ふぅとひと息ついている間に、たとえば今見ている空や風や太陽は、静かにさらっといなくなってしまうかもしれない。
丁寧に暮らしたいとは願っていても、家事や育児や仕事や、日々の雑事に追われていると、季節のしっぽを捕まえそこねてしまう。
そして、ついつい、祭事のしつらえを片づけ忘れてしまうのである。
季節に寄り添って暮らすといういっけんのんびりした行為は、刻々と巡りゆく自然に足並みを揃えるということ。毎日をいろんな用事でいっぱいにしていたらできないし、のんびりしていたら置いて行かれる。
でも、今はちょっと思う。そんな自分もまたよし。100点でなくてもいい。クリスマスのしつらえはし忘れているが、お正月飾りは欠かしたことがない。だから60点くらいは自分にあげよう。自分や家族に無理なくフィットするくらいのスピードで、季節に寄り添えればいいかなと、最近思い始めてもいる。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『dancyu』『Discover Japan』『東京人』等。近著に『届かなかった手紙』(KADOKAWA )、『男と女の台所』(平凡社)、『あの人の宝物』『紙さまの話』『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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