【金曜エッセイ】彼女が毎日穏やかな理由
文筆家 大平一枝
第四十四話:彼女が毎日穏やかな理由
第四二話『石鹸がとける前に』で、掲載の当店フェイスブックに、望外な反響をいただいた。私の仕事の成果は、ふだん数字で見えないのでとりわけ嬉しく思った。また編集部経由で、連日、読者の皆さんからのあたたかな感想メールをいただいた。息子が結婚のため独立したというごくプライベートでどこにでもあるささやかな話に、たくさんの方が思いを重ねてくださったことが伝わり、胸が一杯になった。
しかし、親がいつまでも息子の結婚を寂しがってばかりいてもしょうがないよなあと思いながら過ごしていたある日、友達からのコメントに目が留まった。私のSNS宛てに、お祝いと笑顔の絵記号とともに、ひとこと。
「家族が増えるんだね㊗️😊」。
ああ、そうか。家族というチームに、娘がひとり増えるんだ。息子の味方で、恋人にとっても息子は味方。そんな家族が双方に増えるって、けっこう楽しくてすごいことではないか? 嬉しい気持ちが、自分の中でじんわり広がっていった。
私は、ものごとには多面があるという真理を、彼女のコメントからあらためて思い知ったのである。
その彼女とは20年来の友人で、ともに働く母。修羅場のような作業を一緒にこなしたこともあるが、ただの一度も、怒ったり誰かを悪く言うのを見たことがない。
携帯電話が流行りだした頃にも、ひとりだけ違うメッセージをくれたことがあった。
電車に乗ると、すぐ携帯電話を見てしまう。この小さな端末に自分の時間を絡め取られているようで嫌だと、なにかに書いたときのこと。「でも、情報とか誰かの声とか、ここからもらういい時間も、いっぱいあるよね(^^)」というようなひとことだった。
彼女は真にポジティブシンキングの人なのだ。意識してやっているのではなく、それがあまりに自然なならいになっているから、これまで気づかなかった。
ものごとの、いい側面を重視する。だから小さなことでイライラしたり、人に反感を抱かない。つまり、怒る種が育たない。
元気のない人に、こう考えると楽になれるかもよと、さりげなく伝えて、小さな幸せを拡散していく。彼女の素敵の謎がとけた気分で、ひとり清々しくなった。
結婚式を面倒がる息子と、開いてほしい私の間に立ち、おろおろしながらも息子を傷つけないように「大学の教会もいいかもしれないよ?」とそっとささやく彼女をみて、懐かしい気持ちになった。私も嫁いだ頃、姑に一生懸命気を遣った。だからワハハと笑いながら、彼女に言った。「いーのいーの、そんなに気を遣ったらこの先疲れちゃうからさ。あたしたちは気楽にやろ?」
その晩、息子の彼女にもらった可愛らしい手紙を神棚に飾った。家は離れるけれど、家族がひとり増えたことを報告するために。
文筆家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。『天然生活』『dancyu』『幻冬舎PLUS』等に執筆。近著に『届かなかった手紙』(角川書店)、『男と女の台所』(平凡社)など。朝日新聞デジタル&Wで『東京の台所』連載中。一男(23歳)一女(19歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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