【エッセイラジオ】第27夜:山本 ふみこさんのエッセイ「ブラックコーヒー」(読み手 スタッフ齋藤)
編集スタッフ 鈴木
今日も1日おつかれさまでした。
皆さんこんばんは。日曜日の20時、いかがお過ごしでしょうか?
週末でリフレッシュされた方や、明日からの一週間に備えて気持ちを整えている方、思い思いの時間が流れていることと思います。
そんな誰もがほっと一息つきたい時間に「おつかれさま」の気持ちを込めて、「エッセイラジオ」をお届けします。
思うようにいかなかった昼間の出来事や、いつも心の端に引っかかっている悩み事など。生活していると日々色々とありますが、このラジオを聴いているその時間だけは、一旦それらを手放して、ゆったりと声に身を任せていただけたら幸いです。
今夜のエッセイの書き手は、随筆家の山本ふみこさん。読み手は、当店スタッフの齋藤です。
ではさっそく、今夜のエッセイの世界へ、どうぞいってらっしゃいませ。
ブラックコーヒー
山本 ふみこ
親しかったひとが
自分の前から去ってゆき、焦る。
数人でことに取り組んでいて、
つまらないことが発端となって、ぎくしゃく。
とつぜん嫌なことを云われて、どんより……。
かつて経験した
人間関係の「負」の出来事を思い返すと、
渦中のわたしは
いつもこんなふうに考えていました。
「わたしはわるくない」
わたしはわるくない、
わたしはわるくない、
わたしは……と思いこんでいたのです。
30代が終わろうとする歳の、夏の記憶。
目の前にコーヒーが置かれました。
紅茶贔屓だった当時のわたしは、
友人が誘ってくれた古い珈琲店で、
とまどっています。
「ブラックで飲んでみて」
友人に云われるまま、
わたしはカップを持ち上げ
おずおずと口元に運びました。
香りが鼻腔をとらえるのと同時に、
喉を通過する液体が、
何ともいえないくつろぎを醸してゆきます。
「わたしね、ときどきひとりきりで
ブラックコーヒーを飲むんだ。
自分を好きになるために」
「……自分を好きになるために?」
ブラックコーヒーとともに、
自分を好きになるという意識と
出合った瞬間でした。
友人がどうして自分を好きになろうとしたのか、
その話はおぼえていませんが、
39歳のわたしは自分を好きになるなんて、
考えたこともなかったのです。でも……。
ひととのあいだがうまくゆかなくなるたび、
「わたしはわるくない」との立場を譲らず、
相手に変わってもらおうと期待する
頑なな自分を、
わたし、好きじゃないわ!と気づきました。
たとえ自分がわるくないように思えても、
とにかく「わたしが変わらなくちゃ」。
友人にすすめられて飲んでみたら、
ほら、苦手と決めこんでいた
ブラックコーヒーと
いい間柄になれたもの。
いまでもわたしは、
ひととのあいだがこんがらかりそうになると、
ひとりでブラックコーヒーを飲みます。
自分を好きになるために。
(この台詞は友人の真似ですけれどね)
自分で淹れることもありますし、
カフェの客になることもあります。
コーヒーをすすりながら、
このこんがらかりは、
「ふみこよ変われ!」の合図、と思うのです。
いかがでしたか?
ほんの数分ではありますが、心の緊張がほどけたり、すうっと眠りに入るきっかけとなれたなら、これほど嬉しいことはありません。
次回の配信も、どうぞ楽しみにしていてくださいね。
エッセイラジオを通して、このささやかなエールが届きますように。それでは、おやすみなさい。
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