【レシート、拝見】耳をすまして知る、わたしの心のありか
ライター 藤沢あかり
藤原奈緒さんの
レシート、拝見
「この日は楽しいレシートがいっぱいありますよ。鎌倉へ行ってきたんです」
友人が営む雑貨店に、大好きな老舗のカフェ。アンティークショップにイタリアンレストラン。
お気に入りの定番コースを歩いた初夏の一日。弾んだ声が、レシートの一枚一枚に残る楽しい記憶を知らせてくれる。
料理家の藤原奈緒さんは、「あたらしい日常料理 ふじわら」という屋号のもと、びん詰めのオリジナル調味料を通じて「家庭のごはんをより手軽に、さらにおいしく」という提案を続けている。
鎌倉に行ったのは、ずいぶんひさしぶりのことだった。
移動の約1時間は、「行く時間も特別なものになる」と、必ずグリーン車を選ぶ。そのほうが本を集中して読めるし考え事もできるというのも理由で、これだけでも藤原さんのお金と時間に対する姿勢がうかがえる。
「鎌倉には、猫を3匹お迎えにいったんです」
猫? 思わずテーブルの下をのぞき込みキョロキョロしていると、「違うんです、これ」。見せてくれたのは、猫を模した花瓶だった。
手びねり作品のその猫は色も形もさまざまで、みな個性的な顔ばかり。
「見る角度によって表情が変わるんですよ。絞りきれなくて、結局うちの店のスタッフ用に2匹、自分用には3匹も連れて帰ってきてしまいました」
藤原さんは、買い物するときにはここぞ、というタイミングを逃さない。そしてときどきこんなふうに、思い切った買い方をするらしい。
「買おうかな、どうしようかなという迷いはあまりないかもしれません。それよりも欲しいと感じた強い気持ちや、出会えたタイミングみたいなものを大切にしています。
買い物をするとき、うわ〜!大好き〜!っていう高まった気持ちで買うと、そのエネルギーと共にぐわっとポジティブな扉が開くと聞いたことがあって。やっぱりまた今度、と気持ちを抑え込むと、そのエネルギーも消えちゃうんですって。
でも、大切にできないと作った人に申し訳ないので、自分が手にする資格があるかどうかはきちんと考えます。それに、うつわや服、本、音楽、料理なんかもそうですが、作り手と同じ時代に生きて、その人が生み出すものを追いかけていけるってしあわせです。こんなすてきなものを作ってくれてありがとう!って思いながらお金を払っています」
ダイニングテーブルの脇に置いた古いウィンザーチェアや、山葡萄のつるで編んだかご、夏もさらりとまとえるシルク素材のワンピース。これまでの「思い切った」買い物をたずねると、たくさんありすぎて、と笑いながらも、どれも買って心からよかったと思うものばかりだと教えてくれた。
藤原さんは、20代から30代にかけて厳しい修行に時間を費やしてきた。食を仕事にすると決めてからの道のりは、体力的にも精神的にも、そして金銭的にも過酷な日々であり、「お金の修行」でもあったという。
「もともとは洋服もきれいなものも、友達づきあいも大好きなタイプだったのに、仕事だけを考えていた時期は封印していた気がします。その気持ちを解凍するように、お金を使うことで自分を大切にする気持ちを思い出しているのかもしれません」
思い切った買い物の最たるものが、暮らしはじめて3年になるこの部屋だ。懐かしさの残る団地の一室は、古さをチャームポイントに変えたような、センスのいいリノベーション物件だった。
「思いがけない出会いに、縁があったら買えるはずだと『えいっ』と申し込みました」
家を買う予定などこれっぽっちもなかったという。でも、ふと内見した家は、想像以上に塩梅がよく、もっとこうだったらと感じるところがひとつもない。やや郊外ではあるものの駅からの距離は近く、今の自分に無理のない価格。理屈のうえでは、こんな好条件はないと理解できても、そのタイミングに「えいっ」と飛び込むのは、なかなかの決断だ。
「わたし、昔から自分が『いける!』と思ったら、いけると思えちゃうんです。ダメだったときも、なんとかなるようにまた考えたらいいって。それに、家を買うといっても一生そこに住むと決めるわけではないんですよね」
だからというわけではないけれど、お金で買える経験なら早いうちにしたほうが得だと藤原さんは言う。たしかに、お金に代えられない経験や価値は山ほどある。でも、お金を使うのに勇気がいることも否めない。
「わたしも、お金のことが最初はすごく怖かったです。でも、詳しい方に仕組みをきちんと教えてもらうようになって、その怖さがなくなりました。
お金に限らず、自分の感じる『不安』ってなんだろうと考えてみたら、『知らないこと』だったんです。よく知らないから不安や恐怖を覚えるだけで、きちんと知れば大丈夫。不安だからといって、なにもしないで時間だけが経ってしまうことが一番怖いです」
どんな家で、どんな暮らしを送りたいか。なににお金を使うか。どんなふうに時間を過ごすか。不安や心配事があれば、そのありかはどこなのか。かわいい、欲しい、そばに置きたい。一時は自分の内側の声に聞こえないふりをしていたけれど、今、改めてきちんと耳をすましながら歩いている。
我慢や忍耐は美徳に思える。しかし一方でほんとうの気持ちに蓋をしているのでは、なんのための我慢だろう。大切なのは自分の心のありかであり、お金も時間も、自分を大切にする手段のひとつなのだと思った。そして自分を大切にできるのは、結局のところ自分しかいないのだ。
鎌倉での一日に、コンビニのレシートがあった。由比ヶ浜のローソンで、缶ビールと水を一本ずつ。
「お昼ごはんを食べるつもりだったお店に振られてしまい、どうしようかなぁと思いながら市場でアイスを食べて。そのままふらっと江ノ電に乗っちゃったんですよね。由比ヶ浜で、とりあえず海を眺めながらビールを開けました」
レシート越しに、ひとり潮風に吹かれて飲むビールの味を想像した。
行き当たりばったりの海とビール。これもまた、藤原さんが自分の心に耳をすました答えだったに違いない。
藤原 奈緒
料理家。東京・小金井市で「あたらしい日常料理 ふじわら」を主宰。「家庭のごはんをより手軽に、さらにおいしく」をテーマに、オリジナルのびん詰め調味料を開発、紹介している。びん詰めの製造販売のほか、マンツーマンで行うオーダーメイドの料理教室や不定期でのイベント営業も。共著に『機嫌よくいられる台所』(家の光協会)。http://nichijyoryori.com インスタグラムは@nichijyoryori_fujiwara
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ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。
写真家 吉森慎之介
1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。
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