【57577の宝箱】何もない日々にカメラを構えれば そこに広がる無限の被写体
文筆家 土門蘭
この連載を始めたのは、2020年のことだった。
週に1度の公開なので、書く頻度もそれと同じくらい。
2週間に1度、2本分のエッセイの締め切りがあるのだが、週に1本ずつ用意することもあるし、集中してまとめて書くこともある。
時々どうしても短歌が思いつかなかったり、内容に納得いかなかったりして、締め切りを延ばしていただくこともあるが、「週に1度公開する」ということはずっと続けてきた。
エッセイを書き、短歌を詠み、編集の津田さんがチェックをする。それを元に写真家の吉田さんが写真を撮り、デザイナーの佐藤さんがデザインする。
今回で64回目だから、64週もの間、そんなふうにこの連載記事は読者のみなさまへと届けられてきた。本当にありがたいことだと思う。
§
「週に1度エッセイを書くの、大変じゃない?」
この間、友人からそんなふうに聞かれた。「どうしたらそんなに書くことが見つかるの?」と。
そもそもこのエッセイの企画を考えた時は、日常の中にある「宝石」について書きたい、と思っていた。
コロナでさまざまな変化や混乱が起こる中、旅行やイベントなどの非日常が失われて、人との出会いや触れ合いもどんどん減っている。早く元の世界に戻らないだろうか、と思う一方で、負けてたまるか、という反骨精神もあった。
いろんな制限をかけられても、特別なことなど何もなくても、私たちの1日には美しい時間や胸を打つ瞬間がいくつもある。そういったものを大切に扱いたいと思った。日々の中のささやかな「宝石」は、何にも誰にも奪われないし損ねられないのだと、微力ながら証明したかったのだと思う。
初めの頃は、「書くことがあるから書ける」という状態だった。
「次はあれを書こう」「今度はこれを書こう」と、自分の中に取っておいた宝物を、どんどん外に出していく。だから書く内容にはあまり困らなかったし、書くペースもスムーズだった。
だけど当然のことながら、ストックしておいた宝物はだんだん減っていく。次第に「次は何を書こう」と考え込む日が増えていった。
「私たちの1日には美しい時間や胸を打つ瞬間がいくつもある」
そう息巻いていたのに、これではいけない。
もっと自分から「宝石」を取りにいこう。
それから私は、日々の中でアンテナを張り、目をキョロキョロさせ、「宝石」のような瞬間を積極的に探すようになった。
「書くことがあるから書ける」状態から、「書くために書くことを見つける」ようになったのだ。
§
私は友人に、
「首からカメラを提げて、普段の街をぶらぶらしている感じかな」
と答えた。
「歩き慣れた街でも、首からカメラを提げていたら、シャッターチャンスをなんとなく探しながら歩くでしょう。あんな感じで、毎日を過ごしている気分」
私にとっての写真は言葉だ。心の中のシャッターを切り、現像したものは言葉になる。それを吉田さんが、本当の写真に仕上げてくれる。その写真集がこの連載なんだろうと、話しながら考えた。
友人は「へえー」と目を丸くして、
「だからなんとなく明るくなったのかな」
と言った。
「最近の蘭ちゃん、なんだか前よりも元気に見えるよ。綺麗なものを見つけようとしているからかもしれないね」
私はそれを聞いて、「そうかもしれない」と答えた。
なんとはなしに世界を眺めていても、美しいものは目に入ってくる。
だけど心にカメラを持つことで、美しいものを自分から探して見つけられるようにもなった。
それは朝の光の中にあり、子供の目から流れる涙の中にあり、一通のメールの中にある。
コーヒーの湯気の中にあり、鏡にうつる自分の顔の中にあり、ふとよみがえる記憶の中にある。
書くべきことは、無数にある。
心の中のカメラに触れていると、そんなふうに感じる。
私にとって、その感覚は希望そのものだ。
“ 何もない日々にカメラを構えればそこに広がる無限の被写体 ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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