【57577の宝箱】華々しくゴールテープは切れなくても 僕だけを待つタオルの香り
文筆家 土門蘭
先日料理をしながらラジオを聞いていたら、
「何か悲しいことや辛いことがあった時、すぐに連絡して泣き言が言える友達って何人くらいいます?」
という話題で、パーソナリティのふたりが話していた。
「7人くらいかなぁ」
と、片方のパーソナリティが答えた時、私は台所で「7人!」と声をあげてしまった。もうひとりは「4人くらい」だという。「4人!」ふたりとも友達が多いなぁと感心する。
私はと言うと、そんな友達はひとりも思いつかなかった。ただそれは、信頼できる友達がいないというわけではなくて(ちゃんといる)、そもそも泣き言を人に言わない性格なのだ。
どんなに仲の良い友達でも、泣きながら電話をかけたり、「ちょっと聞いてよ」と愚痴を言ったりしたことがほとんどない。一方で聞き役になることはよくあるし、それをいやだとは思ったことがないのだけど、自分が話す段になるとどうも気後れしてしまう。
私の場合、悲しいことや辛いことがあると、まずは自分ひとりでガーンと打ちのめされる。そしてひとりで散々泣いたり怒ったり落ち込んだりしてから、とりあえず解決方法を考えて、粛々とそれをこなす。人に言うのはその後だ。
それなので、誰かに話すときにはほとんど解決している。
「この間、こんなことがあって参ったよ」
と言えるくらいまで回復してからじゃないと、私は人に話すことができない。
§
そんな話を仲の良い友人にしたら、
「蘭ちゃんは本当にそうだよねぇ」
としみじみ言われた。
「いつも後から聞いて『そんな大変なことがあったの!?』って驚くもん。その度、何で何も言ってくれなかったんだろうって思う。蘭ちゃんは、どうして相談したり弱音を吐いたりしないの?」
なんだか寂しそうな顔をしていたので、私は慌てて、決してあなたを信頼していないわけではないのだと説明した。ただ、心配をかけたり気を遣わせてしまうのがいやなのだと。
それに、感情的になっているところを見られるのがなんだか恥ずかしいのだ。時間が経つと落ち着くこともわかっているので、言うのはその後でいいかなと思う。
「多分、かっこつけなんだと思う」
と、私は言った。
「わーってなってるところを見せるのが恥ずかしくて、強がっているんだよ」
すると友人は「そうなんだ」と言いつつ納得いかないような顔でこう答えた。
「大変な時に『大変だ!』って人に言うだけで、気持ちが軽くなるものだけどね」
確かに彼女は、大変なことが起こるたび速報ニュースのように連絡をしてくる。「取引先とうまくいかない」とか、「仕事が忙しくて間に合わない」とか。
それに対して、私は何か有意義なアドバイスをするでもなく、ただうんうんと聞いているだけだ。だけど彼女曰く、そんなふうに言葉にして誰かに伝えるだけで、心が楽になるのだという。
「ひとりだと深刻になってしまうけど、誰かに話すと笑い話にできるでしょ?」
なるほどなぁ、と思った。確かにそうかもしれない。
それで「今度大変なことがあったら言うよ」と約束して帰った。
§
そのチャンスは、案外早くやってきた。
ある時、仕事で気の重い話し合いをすることになり、朝からズーンと落ち込んでいたことがあった。本音で話し合わねばならない場なのに、本音を話す場面を考えるだけで胃が痛くなる。あんまり緊張するので、話し合いなんてせずに逃げてしまおうかしらとまで考えて弱気になっていた。
あと30分で話し合いの時間だという頃、ふと、友人との約束を思い出した。
「今度大変なことがあったら言うよ」
それで、思い切って彼女にメッセージを送ってみることにした。なんだかドキドキしつつも、スマートフォンをぽちぽちと押す。
これから気の重い話し合いがあること、逃げ出してしまいたいこと、朝から気分が落ち込んでいること……。
そんなことを書いて送信ボタンを押したあと、急に「でも、こんなこと言っても困るよな」と思って焦った。送ってしまったことを、さっそく後悔した。
するとパッと既読マークがついて、「大丈夫」と返信が来た。「大丈夫?」ではなく、「大丈夫」だと。私はその吹き出しを、じっと見守る。
さらにメッセージが来て、彼女はこうアドバイスをしてくれた。
「無理に頑張らなくてもいいから、ちょっとだけポジティブに行ってみなよ。いい話し合いにできるといいね」
私は「うん、わかった。ありがとう」と返事をする。
すると彼女は「また話を聞かせてね」と言ってくれた。
§
身構えていた話し合いは、思ったよりも穏やかに進めることができた。
途中で本音を話すシーンではやっぱり胃がキリキリしてしまったけれど、心のどこかで「あとでこのことをあの子に話そう」と友人のことを考えていたら、ちょっと冷静になることができた。
「緊張して大変だったよ」と言ったら、彼女はなんて言うだろうな。
そう思いながら話し合いを続けていたら、その時間中、彼女がちょっと離れたところで待ってくれているような気がしていた。
その時、「ああ、心が軽くなるってこういうことなんだな」と思った。
私は今頑張ってるよと打ち明けることで、誰かが待ってくれるようになる。まるでマラソンを走っている時、ゴールに誰かがいるのを感じるように。その存在がこんなに心強いものだったなんて、私はずっと忘れていた。
「緊張して大変だったけれど、前向きな話はできたよ」
話し合いが終わって一息つけてから、私は友人にメッセージを送った。
すると彼女はすぐに
「頑張ったね!」
と返事をくれた。走り終えた私にタオルを広げて、迎え入れるように。私はその中に、ややはにかみながらも飛び込む。
「また今度、ゆっくり話を聞かせてね」
今度会う時には、美味しいケーキでも食べながら話そう。
そう計画を立てながら、自分がすでに回復し始めていることに気がついた。
“ 華々しくゴールテープは切れなくても僕だけを待つタオルの香り ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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