【57577の宝箱】まだ君の中に子どもの君がいて 私はその子に話しかけてる

文筆家 土門蘭


以前、仕事中にある24歳の男性と話していたら、こんなことを聞かれた。
「20代のうちにやっておいた方がいいことって、なんですか?」

そんな質問に慣れていない私は「えっ」と戸惑って、なんて答えようかとしばし考えた。
やっぱり「勉強」かな。それとも「貯金」かな。いや、若いうちこそ「遊び」かもしれない。でも、体力のあるうちに「一所懸命仕事をする」ことも大事だし、胃腸がどんどん弱くなるから「好きなものを食べる」も大事だし。だけど……

あれこれと考えた末、
「友達を大事にする、ですかね」
と答えた。
「友達ですか?」と彼は目を丸くする。私は「はい」とうなずく。

「大人になると、友達ってどんどん減るんですよ」
「え、そうなんですか」
「いや、私だけかもしれないけれど……」
言っていて悲しくなりつつも、続ける。

「大人って忙しいじゃないですか。仕事もあるし、家事もあるし、人によっては育児や介護もあるだろうし。あなたも、就職されてから忙しいでしょう?」
「そうですね、忙しいですね」
「きっと、年齢とともに責任や目標も増えていって、年々忙しくなっていくと思います。だけどね、友達と過ごす時間は、少しでもとった方がいいです」
「そうなんですか」
「友達って、肩書きのない『ただの自分』でいられる相手じゃないですか。そういう存在って、大事です。いつか肩書きがなくなったときにも、居場所でいてくれるから」
彼は「なるほどー」と言い、「ありがとうございます」と礼儀正しくお礼を言ってくれた。

そのアドバイスが、彼にピンときたのかどうかはわからない。
ただ、私は自分で言いながら「本当にそうだよなぁ」としみじみしていた。

友達は、肩書きのない「ただの自分」でいられる相手。
「ただの自分」同士として、興味を持ったりおしゃべりできる相手。
そういう「ただの自分」でいられる時間が、大人になると減るんだよなぁと思う。

§

そんなこともあり、最近人と接するときに、意識していることがある。

仕事や町内会、子供の通う学校関連など、さまざまな場所で関わる方々のことを、「どこどこの社長の◯◯さん」とか「町内会長の◯◯さん」と認識する代わりに、「同じクラスの◯◯さん」と思うようにしているのだ。教室の中で出会う、クラスメイトなのだと。

そんなふうに接してみると、年上の方も、年下の方も、どんな役職や職種の方も、
「みんな子どもだったのだ」
と思う。
肩書きなんてない、役割なんて持たない、「ただの自分」でしかない子供。すると目の前にいる人に、だんだん興味が湧いてくる。もしかしたら友達になれるかな?と思って。

それ以来、以前だったら社交辞令で終わるような会話にも、要件しか話さなかった会議にも、ちょっと楽しいおしゃべりの時間が加わった。「その服、かわいいですね」とか、「休日はどんなことをされているんですか?」とか、「いつもはどんな本を読むんですか?」とか。そんな話題がきっかけで、意外な共通点が見つかったり、知らなかった面が見えたりする。

別に「友達になりましょう」と言ったわけではないし、先方はそんなこと思ってもないだろうけれど、その瞬間、「あっ、ちょっと『友達』になれたな」と思い嬉しくなる。肩書きのない「ただの自分」たちになれたな、と。

最近は、そんな時間を増やすのがなんだか楽しいのだ。

§

昔は「友達」って、すごく仲の良い人のことだけを指すのだと思っていた。

でも今は、こんなふうに一人で勝手に「友達」認定しちゃう友達っていうのもありだよな、と思う。肩書きを外して談笑できる時間があれば、その間はちょっと友達、みたいな。

大人の私たちには、「ただの自分」でいられる時間自体が少なすぎるけれど、そんな時間を自分でちょっとでもつくっていこうとすれば、自然と友達も増えるんじゃないだろうか。
そう考えると、なんだかワクワクしてくる。もしかしたらその中に、新たな親友だっているかもしれない。

今度また、24歳の彼にあったら、
「大人になると、友達ってどんどん減るんですよ」
という言葉を撤回しよう。
「大人になっても、友達を増やす方法を見つけましたよ」って。

「ただの自分」でいる限り、私たちはいつでも友達を作れるのだ。

 

“ まだ君の中に子どもの君がいて私はその子に話しかけてる ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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