【連載|ひとはパンのみにて】第九回:離陸する時間
みなさんこんにちは。安達茉莉子と申します。自他ともに認めるお買い物好きの私ですが、このたび買い物にまつわるエッセイの連載が始まることになりました。私は買い物とは、「出合うこと」だと思っています。みなさんの日々に、良き出合いがありますように。

第九回 離陸する時間
ふと、お金を惜しまずに、買いたいときに悩まずに買えたら良いものはなんだろうと考えた。服に靴。食料品。本。キリがないが、ひとつだけ選ぶとしたら、航空チケットだ。
先日、久しぶりに飛行機のチケットを購入した。香川県高松空港行きで、昼のフライト。新幹線と電車でも行けるが、空の旅が良い。
それは、単に飛行機の方が早くて便利だからではない。飛行機だと出発時刻よりも余裕を持って空港に着く必要があるし、保安検査や荷物の受け取りにも時間がかかる。新幹線はただ普段の電車移動の感覚で乗れるので気楽だ。
それでも、どんなに面倒でも、空港に着くと胸がすく。広大な敷地から見上げる空。入れ替わる搭乗案内。早く着いたと思っても、意外と搭乗時刻までは時間がそんなにないと気づく、焦りと高揚が混ざる独特の時間感覚。
駅は日常に近く、空港は非日常に近い。それは、「離陸」の瞬間があるからだと思う。ぐーんと重力に引っ張られて血の気が引くのは苦手だが、雲を突き抜けて一面の青い空に出ると、自分の中で何かがリセットされる感覚がある。これまで地上で過ごしていた文脈からフッと離れ、別の文脈に入っていくような。あわいの時間のような機内では、自然と自分の人生について考えたくなったりもする。飛行機だと、どんなに短い時間でも、単なる移動ではなく、ひとつの「旅」になる。
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今回チケットを取ったのは、香川県三豊市仁尾にある賀茂神社で行われた創作舞台「つたじまのおろち」の奉納上演に参加するためだった。能楽師の 安田登 先生が創作責任者となり、地元の方々、プロの芸能の方々、先生が謡を教えている日本各地のメンバー達と共に作り上げた舞台。
私は現在安田先生の謡のお稽古の会に参加していて、稽古の間に「参加したい方はいませんか」とお声がけがあった。最初は見送るつもりだった。仕事が忙しく、往復の交通費や自分の体力を考えると、行かない方が安全策だった。心惹かれるが、今回はおとなしくしていよう……それでも、稽古中に、参加したいです、と手を挙げていた。
後先考えないとはこのことだ。いや、後先を無意識に考えたからこそ、手が挙がったのかもしれない。またとない奉納上演に参加できる状態がある。それを見送って、その先にあるものを体験できないなんて、あり得ない、と。
こうして高松行きの航空券を予約し、舞台のお稽古に参加し、スーツケースに袴や足袋を詰めて、空港に向かった。
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機内で、同じように高松空港に向かっていた時のことを思い出していた。
今から約5年前、まだ会社勤めをしながら兼業作家生活をしていたときのこと。当時は今のように書籍が出版されているわけでもなく、自分の先行きがどうなるか不安だった。活躍しているクリエイターと自分を比べてしまう。思うように執筆時間も取れず、体力も限界。会社員として過ごす時間が長くなっていき、次第に創作や制作よりも、勤め仕事のことを考えている時間が増えていた。
そんな時に、仲間に誘われて、瀬戸内国際芸術祭に合わせて高松市内で開催されていた、国際アートブックフェア「SETOUCHI ART BOOK FAIR」に出展することになった。
この時も、行くかどうか一度は迷っていたと思う。勤め仕事で疲れているし、会社だってそんなに休めるわけではない。イベント出店自体が久しぶりだった。だけど、フェアに合わせて作ったZINEを詰めたスーツケースを持って、会社を出てそのまま夜のLCCの便に乗った。夜景を見ようと、窓側の席を予約して。
結局、振り返るとこの時アートブックフェアに参加したおかげで、私は再び作家としてやっていこうと思えた。何があっても、自分なりにやっていこうと。たっぷり吸い込んだ高松の空気が、私の目を覚まして、自分を取り戻させてくれた。
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たかが飛行機、されど飛行機。
振り返ると、ふたつの道があった。数年前も、今回も、「行かない選択」をするのは簡単だった。より無理のない、安全路線。それが既定路線になりかけていたが、「行く選択」をしたことで、きっと、そこから「離陸」したのだと思う。
これまでの文脈を離れ、別の文脈に入っていく。そのチケットは私の場合は航空券だったが、誰かにとっては入学願書かもしれないし、資格の参考書かもしれない。
先が見えなくても、見えないドアを開こうと勇気を出して買ったのなら、それはもう門をくぐったのと同じだ。その先には、今の場所からは見えない別の世界が待っている。



東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『世界に放りこまれた』(ignition gallery)、『らせんの日々 ― 作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)などの著書がある。10月21日、新刊『とりあえず話そう、お悩み相談の森 解決しようとしないで対話をひらく』(エムディエヌコーポレーション)発売。
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