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【世界は分業でできている】前編:うまくいかないのは「能力」不足のせい? 当たり前を問い直したら見えてきたこと

【世界は分業でできている】前編:うまくいかないのは「能力」不足のせい? 当たり前を問い直したら見えてきたこと

ライター 嶌陽子

何かうまくいかないことがあると、「自分に能力が足りないからだ」と落ち込むことはありませんか? 

もしくは「あの人は優秀だな」とうらやんだり、子どもの学校の成績が気になったり。自分自身、振り返ってみると日頃から無意識のうちに「能力」というものにとらわれているような気がします。

そんな考え方に待ったをかけてくれたのが、組織開発専門家、 勅使川原真衣 ( てしがわらまい ) さんの本『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)や『働くということ―「能力主義」を超えて』(集英社新書)。親しみやすい表現でこちらの思い込みを丁寧にときほぐす内容は、家族や友人、職場の人といった他者だけでなく、自分自身との向き合い方を見つめ直すきっかけも与えてくれます。

あらためて、多くの人が自明のものだと思っている「能力」とは一体何なのか。「能力主義」を超えた先にはどんな景色が見えるのか。毎日の暮らしにも生かせる考え方を勅使川原さんに伺いました。前後編でお届けします。



小学生の時、「リーダーシップ」を責められて

現在、企業などで個人の特性や組み合わせを生かした組織開発支援を行っている勅使川原さん。同時に、行き過ぎた能力主義社会に疑問を投げかける著作を次々と発表し、メディアやイベントなどでも発信中です。

勅使川原さんが「能力」に初めて疑問を抱いたのは、小学生の時。4年生までの担任教師には『リーダーシップがあって素晴らしい』と言われていたのに、5年生で変わった担任教師はそのリーダーシップを問題視するようになったといいます。

6年生の冬のある日のこと。朝登校すると、その教師は勅使川原さんに一人だけ1日中図書室にいるように指示します。そして勅使川原さんがいない教室で、クラスの子どもたちに「彼女のリーダーシップについて悪い点をあげましょう」と呼びかけていたのです。

勅使川原さん:
「私という人間が1年くらいで大きく変わるはずはないのに、担任が変わっただけでこんなに評価が変わるなんて。ものすごく傷ついたし、大人のことが信用できなくなりました。同時にリーダーシップというものに実体はあるのかなと疑問に思いました。

中学受験をして、私立の中高一貫校に進学したんですが、その6年間はすごく暗い学生だったと思います。小6の時の体験から、何かを言うと叩かれると思ってとにかく目立たないようにしていました。友達にはとても恵まれましたが、暗黒の時代でしたね。

成績はずっとよかったです。リーダーシップなどと違って、勉強はやった分だけフェアに点数で出る。親が厳しかったということもありましたが、学力は裏切らないと思っていたし、勉強は好きでした」

勅使川原さん:
「大学で学んだのは認知言語学です。大学の近くの小学校で、外国にルーツを持つ子どもたちに日本語を教えるボランティアも4年間続けました。そんなこともあり、大学卒業後、オーストラリアで1年間日本語教師をしたんです。

その学校では厳しく指導するのがよい先生とされていたんですが、私は後ろから子どもたちを見て助言するような形で指導していました。すると『真衣にはリーダーシップが足りない』と言われたんです。『あれ、また “リーダーシップ” が出てきたぞ』って、再びモヤモヤしてきて……。

そんな時に社会学者、苅谷剛彦先生の本に出合い、当たり前とされる「能力」や、それに基づいて評価や社会的地位、報酬が決められることを問い直す内容を読んで『これだ!』って思いました。苅谷先生の元で学びたいと思い、オーストラリアから研究計画書を提出し、大学院を受験して合格。教育社会学を専攻し、『能力』について探究するようになったんです」


「能力」って、本当は何?

そもそも「能力主義」とは何か。勅使川原さんによれば、それは個人の「能力」によって人が人を選ぶこと、また「能力」のある人が高い地位や報酬を得ることをよしとすることです。私たちの社会にあまりにも浸透しているこの考え方について、普段は疑問を持つことはないかもしれません。

けれど勅使川原さんはいいます。テストでいい点を取るという、比較的分かりやすい「学力」から始まり、実は中身がよく分からない「リーダーシップ」「協調性」「コミュニケーション力」「聞く力」「主体性」「創造性」など、私たちは絶えずさまざまな「能力」を求めて頑張り続けていないだろうか。そうした「能力」をもとに評価されたり、周りと競争させられたり、足りないと自分を責めたりしていないだろうか。一見分かりやすい、かつあたかも測った結果かのような「能力」が高いことだけをよしとする、そんな社会でいいのだろうかと、勅使川原さんは著書を通じて問いかけているのです。

" 私たちのパフォーマンスを左右しているのは自分の能力だけによらないからです。言動の「癖」や「傾向」は個人個人で違いがあります。その「持ち味」同士が周りの人の味わいや、要求されている仕事内容とうまく噛み合ったときが「活躍」であり、「優秀」と称される状態なのではないでしょうか。周囲の人たちの状況や、タイミングなど、偶然性が多分に影響しているのです。 "

『働くということ 能力主義を超えて』より

勅使川原さん:
「誰だって『この人の前ではのびのび振る舞えるけれど、あの人の前だと萎縮してしまう』といったことはありますよね。あるいは、ある会社で活躍できなかった人が別の会社に転職したら活躍するようになったとか。つまり『能力』は一人ひとりの中に固定的に存在するものではなく、あくまでも『状態』であり、周囲との関係や環境、時期によっても変わるものです。

また、リーダーシップやコミュニケーション力って、本来は組織が必要とする『機能』 であって、一人の人間が全てを持っているべき『能力』ではないはず。私はよくレゴブロックを例に出すんですが、色も形も異なるさまざまなパーツを組み合わせることでお城などの壮大な作品が生まれるわけで、小さなパーツ1つひとつに万能を求めたり、『あのパーツは優秀』といっても仕方ないですよね。組み合わせの良し悪しはあっても、個に良し悪しはないんです


病気になって確信。「世界は分業でできている」 

大学院の修士課程を修了後、勅使川原さんは外資系のコンサルティングファームに就職し、人材開発に携わります。企業から依頼を受け、社員の能力を測定して評価したり、能力を伸ばす研修をしたりする仕事。それまで批判的に考察してきた「能力主義」を体現しているような職種を選んだ理由は、勅使川原さんいわく「敵陣視察」でした。

勅使川原さん:
「ところが、入社後は自分自身が能力主義にどっぷり浸かってしまい、まさにミイラ取りがミイラになってしまいました。社内には『意見はえらくなってから言え』と言われているような雰囲気が充満していたし、自分でも『能力がないと発言権がない』と思い込んでいましたから。とにかく忙しい職場で、トイレに行く時間もなく、慢性膀胱炎になったほどです」
 

その後会社を退職し、個人の能力ではなく人と人の組み合わせを重視する “組織開発”の会社を立ち上げた勅使川原さん。けれど、そこでも会社を軌道に乗せなければと頑張り過ぎてしまい、体調の悪さを感じても病院に行かず働き続けていました。結局は外部からの評価を気にしていて、能力主義から抜けられていなかったのだと当時を振り返ります。

勅使川原さん:
「2020年、コロナ禍で仕事が止まった時にやっと病院に行くと、乳がんだと告げられました。診てくださった先生が『なんでこんなになるまで受診しなかったの?』と驚いていましたね。

病気になったことは大きな転機になりました。最初の著書『「能力」の生きづらさをほぐす』も、その頃2人の子どもたちへの遺言のような思いで書いたものです。

治療を受けるようになってから、中高時代の友人が毎日のように食べ物を届けてくれるなど、本当にサポートしてくれて……。この世の中は能力がある人が動かしているわけじゃない、この社会に生きる一人ひとりに支えられているんだと実感しました」

勅使川原さん:
「医療の世界も、一人ひとりの持ち味が組み合わさって回っている。治療中、そのことも強く感じました。それぞれの科の医師たちも、ナースも、自分の専門分野に仕事として取り組んでいて、どちらがすごいということではない。『この世界は分業でできているんだ』と確信したんです」

誰もが少しずつ、できることを持ち寄って生きている。勅使川原さんが示す社会の姿には、どこか温かさが感じられます。続く後編では、能力主義に縛られないためのヒントや具体的な方法を聞いていきます。


【写真】井手勇貴


もくじ

第1話(12月18日)
うまくいかないのは「能力」不足のせい? 当たり前を問い直したら見えてきたこと

第2話(12月19日)
誰もが不完全な存在だから。私たちは補い合い、助け合っている

勅使川原 真衣

1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。ボストンコンサルティンググループ、ヘイグループなどのコンサルティングファーム勤務を経て、2017年に独立。企業、病院、学校などの組織開発を支援する。教育社会学と組織開発の視点から、能力主義や自己責任社会を再考している。2020年より乳がん闘病中。著書に『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)、『働くということ』(集英社新書)、『「働く」を問い直す』(日経BP)、『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと』(KADOKAWA)など。x:@maigawarateshi

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