
刺繍デザイナーの青木和子(あおき・かずこ)さんの作品を拝見したとき、美しさのみならず、どこか懐かしさを感じてとても心に残りました。
ふたりの子どもが独立し、郊外の一軒家で夫と愛猫のポールと暮らしながら、庭のお手入れをしたり、刺繍の仕事をしたりという暮らしぶりも、あこがれます。
どんなふうに生きてきて、どんなことを考えておられるのか。ぜひともお伺いしたいと、ご自宅を訪ねました。前編では、20代で留学したスウェーデンで得たこと、専業主婦となった帰国後、そこから刺繍を仕事にするまでをお聞きしました。
26歳のとき、あこがれだったスウェーデンに。

青木さんは美大を卒業し、数年仕事をした後、スウェーデンのテキスタイルの学校に。20代で受けた北欧の暮らしの印象が、それからの暮らしのベースになったといいます。
青木さん:
「仕事はおもしろかったんですけれど、毎日、タクシーで帰宅するほど忙しかったんです。休みもなく、20代がこれで終わってしまうのはさみしいと思いまして。
夏のボーナスをもらって、スウェーデンのテキスタイルの学校に留学しました。
クラスメイトは10人ほどで、近隣の高校を卒業した生徒や、デザインの仕事をしている人、アメリカやアイスランドからの留学生などさまざま。そこで染め物や機械織り、ニットなど、布を作るためのすべてのテクニックを学びました。
授業は英語とスウェーデン語でしたが、言葉がわからなくても、お手本を見ながら “あぁ、これをすればいいんだな” と」

青木さん:
「住まいは街の学生寮で、ひとりひと部屋でした。お掃除もしてくれて、質素でしたけれど、ごはんは3食出してくれて、週に1回はサウナにも入れるんです。最高でしょ(笑)。
〈ヨブス〉というテキスタイルブランドのデザイナーをしていた子とすごく仲良くなったりして、刺激があっておもしろかったです。
20代で行けたことも、すごく良かった気がします。いちおう社会人も経験していたから、ある程度の許容量がありましたし、まだ若いから感受性もやわらかかったですし」
「普通の暮らし」を大切にしたい。
▲スウェーデンから持ち帰った織り機。この織り機を使うためにアトリエを建てた。
スウェーデンでの暮らしで、いちばん学んだことは何でしたか?
青木さん:
「デザイナーって、私の中ではすごくセンスが良くて、格好いいという典型的なイメージがあったんですけれど、スウェーデンではわりとみなさん普通に暮らしていました。
普通の暮らしというのは、朝きちんと起きて、ごはんを食べて、家族と過ごして、庭の手入れもして、という暮らしです。
そういう暮らしの中から出てくる発想だったり、デザインだったりを大切にしていたんですよ」

青木さん:
「学校ではフィーカというお茶の時間がありました。
『大家さんにりんごをもらったから』と男の子がケーキを焼いてきてくれて、みんなで食べたり。そういうことは日本ではなかったし、素敵だなと思いましたね。
お誕生日も自分でケーキを焼いてくるんですよ。祝ってもらうのを待つのではなく、自分で焼いてきて、一緒にお祝いをする。文化が違ってすごくおもしろかったです。
クラスメイトにシングルマザーの方がいて、誘われてお宅に遊びに行ったこともありました。
外側はよくある団地でも、家の中はすごくきれいで、娘さんの部屋はピンク色にかわいくコーディネートされている。普通の人もすごく素敵に暮らしているんです。そういう豊かさみたいなものを経験できたことは、とても大きかったと思います」

学校では、経済的に自立することを大切にしている様子も印象に残ったといいます。
青木さん:
「先生が生徒たちに、あなたは緻密な作業が好きだからとか、マーケティングが向いているからとか言って、好きなこととか得意なことを仕事にするように勧めていました。
先生たちのそういう姿を見て、自分の強みで経済的に自立することは大切なんだと思いました。
私は帰国したら結婚すると話していたので、先生から何も言われなかったんですけれど……。でも最後の授業のときに、日本でやっていた仕事を紹介して、と先生に言われてレクチャーしたんですよ。これもよい経験でした」
「あなた、これから出ていくわよ」。

スウェーデンには婚約中に留学していたため、帰国後は結婚し、28歳で男の子を、30歳で女の子を出産しました。
青木さん:
「専業主婦をしながら、あるとき雑誌が主催する手芸コンテストに壁掛け作品を出したんです。スウェーデンで習った織り物に、子どもの頃から趣味だった刺繍をしました。
息子がまだ幼稚園に通っていた頃で、織り機に縦糸をかける際、『ちょっと持ってて』なんて頼んだりして」
▲応募した作品と同シリーズ。織った布にざっくりとした刺繍がほどこされている。
何か月もかけて作ったその作品が、なんと銅賞を受賞しました。
青木さん:
「私、肩書きをテキスタイルデザイナーと書いて作品を出したんです。主婦と書いていたら金賞だったのにね、とあとから言われて、我ながら変なプライドを出してしまったなぁと思いました(笑)。
金賞を受賞されたのはキャリアのある、年長のキルターの方。その方が私の作品を見てくださり、授賞式で『あなた、これから出て行くわよ』って言ってくださいました。『はい、がんばります』みたいに返事をして。
銅賞を受賞しただけでもうれしかったのに、すごく励みになった出来事でした」
個展をやっても、ほとんど売れませんでした。

その後、刺繍や織物の作品の作り方を紹介する仕事がぽつぽつ来るようになります。
青木さん:
「けれども、単発の仕事をこなしているだけでは続けられないな、と感じていました。
もう少しテーマのまとまった作品にして、一冊、本を作りたいと考えました。そのためには展示会をして、出版社の方に見ていただくのがいいだろう、と思いついたんです」

東京の京橋にある千疋屋ギャラリーに話を持ち込み、展示会をすることなりました。
青木さん:
「すごく混んでいて2年後と言われたので、そのあいだにちょっとずつ作り、30点くらいにはなったのかな。展示即売会にしたけれど、売れたのはほんの数点でした。
でも展示会にキュレーターがいらして、『あなた、今までどこで何してたの?』と言ってくれたんです。すぐには出版に繋がらなかったですけれど、また励まされて、何かしなくちゃと思いましたね」
自分にしかできない仕事に向き合いたいと、その後も考え続けた青木さん。続く後編では、ようやく本の企画が実現した仕事の話から、60代で取り組んだ家のリフォーム、現在の暮らしぶりなどをお聞きします。
(つづく)
【写真】滝沢育絵
もくじ
第1話(1月20日)
朝起きて、ごはんを食べて、庭の手入れをする。そういう暮らしの中から出てくるものを作りたいです。
第2話(1月21日)
70代になり、これからは家族との時間も大切に。庭は、季節の花が少し咲けばいいなという感じです。
青木和子
刺繍デザイナー。手をかけて育てた庭の花や、旅先で出会った野原や庭の花たちをスケッチしたものを、布地に刺繍糸で描いていく。絵画のような刺繍作品に、ファンが多い。園芸家としても熱心な勉強を続けている。
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