【92歳のひとり暮らし】前編:好きなように暮らして。いつまでも一人で楽しんでいたい(粟辻早重さん)
去年、銀座のとあるギャラリーでユーモアたっぷりに描かれたやかんのイラストを見ました。描き手は、デザイナーで人形作家でもある 粟辻早重 さん。
御年92歳を迎えてなお、精力的に制作をつづけていらっしゃいます。
▲ふくよかな女性たちがプールに飛びこむ瞬間を人形にした作品
粟辻さんに初めてお会いしたのは、ちょうど10年前の80代のとき。当時もなんて元気な80代なのだろうと感動したのですが、90代を迎えた今もなお以前と変わらない暮らしを送られているというのですから驚きです。
改めて粟辻さんの元気の源は何なのか、お話を伺いたくてご自宅を訪ねました。
92歳のひとり暮らし。「好き放題」が元気のもと
粟辻さんの1日は、気のむくままに流れていきます。最近は夜に一度就寝したあと、夜中に目が覚めたら、そのあと1時間ほど制作をするのが楽しいそう。
粟辻さん:
「真夜中の2時とか3時とか、世の中がシーンとしているときって、いい時間だなあと思うんですよね。昼間よりもだいぶ涼しくて、夏は虫の声なんかも聞こえたりして、気持ちがいいから起き上がって1時間くらい絵を描いたりします。
それからまた布団に入って3〜4時間くらい眠って、朝起きたらその日の気分で朝食を食べたり、食べなかったり。そのあとは掃除をすることもあれば、また制作をすることも多いですね。絵を描いていると『あ、トマトがたくさん冷蔵庫に残っていたんだ』と、雑念が浮かんでくるので、雑念の赴くままにトマトスープを作ってみたり。もう好き放題で暮らしていますよ(笑)」
夜に目が覚めると、なかなか寝つけないときもある私。思わず、一旦起きて活動すると、眠れなくなったりしませんか?と聞いてしまいました。
▲いまは男性のイラストを描くことが日課に。近い将来に個展をできたらと準備を進めている
粟辻さん:
「眠れないなんてことはありませんよ。1時間ほど好きに過ごしたら『朝が来るまで、あと数時間は眠れるわ』と、またいそいそと布団に戻ってぐっすりです。
私も若いときは、悩みや気掛かりな事があると眠れない日もありましたけど、今はもう何も思い悩むことはないですからね。毎晩ぐっすりですよ」
そう言って、粟辻さんはあっけらかんと笑います。
運動は家で出来ることだけ。気持ちがいいからやる
よく眠れるということは、よく動いて体が心地よく疲れているということでしょうか。健康のために続けている習慣がもしあれば教えてください。
粟辻さん:
「家の中で出来ることをやるくらいですよ。家が3階建てなので、階段はしょっちゅう上り下りします。それもちょっとは運動になっているのですかね。
あとは、寝る前にリビングでなわとびを30回やります。もともと孫の二重跳びの練習に付き合って始めたのがきっかけで、もう10年くらいは続いているでしょうか。それと体を伸ばしたいときは、ここでブランコをします」
ブランコがあるのかな?とあたりを見渡していたら、粟辻さんが天井のバーにぶら下がって体を揺らし始めました。
思わず「えっ!?」と声が漏れてしまうほど、その身軽さに驚いてしまいます。
制作の合間に体を伸ばすことが好きで、もともと柱や梁に手をついて体を伸ばしていたそうですが、専用のバーを天井に取り付けてからは、日に何度となくこのバーにぶら下がって体を揺らしながらストレッチをするのだそう。
粟辻さん:
「気持ちがいいんですよ。試しにやってみてください。
健康のために意識してやっているというよりは、気持ちがいいから、つい1日に何度もやってしまうんです」
試しにやらせていただいたら、ぶら下がるだけで背筋がしゃんとして、ブラーンと揺れると全身が隈なく伸びる感じが、なんとも言えず気持ちがいい。なるほど、粟辻さんの姿勢の良さは、この習慣に育まれているのかもしれません。
粟辻さん:
「物事は、なんでも縮んでいきますでしょ。かまぼこも縮むし、野菜だって縮むし、人間も縮んでいきますから。伸ばしてやるといいのかなと、勝手に考えて始めたことです」
買い物はリュックで。1人分でもちゃんと美味しいものを
夫を見送って30年以上、ひとりで暮らしている粟辻さん。お買い物は、駅前のスーパーに歩いて行き、リュックに荷物をつめて背負って帰ってくるスタイル。真夏も変わらずこのスタイルでお買い物を続けていたというから、元気だなあと感心するばかり。
粟辻さん:
「ひとり暮らしの自炊は、頭を使いますよ。どんな食材を揃えて、どう使い切るか。難しさはあるけれど、自分の食べたいものを、きちんと作るようにしています。たとえばカレーなんかは、いい加減なカレーは嫌なので、しっかり美味しいカレーを食べたいと思うから、ちゃんと作ります。
私くらいの歳だと施設に入っている方も多いですから、いつまでこうして一人で楽しめるのか。今のままの暮らしをなるべく長く続けられるのが理想ですね」
同居人は、猫とメダカと植物たち
ひとり暮らしをしていても、寂しさはあまり感じないと粟辻さんは言います。
粟辻さん:
「毎朝起きると、まずメダカの水槽を覗きます。ちょっと前に卵を産んで孵化して、目に見えないくらいの赤ちゃんメダカが、ちょっとずつ成長しているんです。もう可愛らしくてたまらなくて、つい眺めてしまうんです。生き物を育てるって、それだけで楽しいですよねえ」
ご主人を見送ってからは、犬を飼ってらっしゃいました。愛犬を見送ったあとは、猫を飼うように。
猫との暮らしは、歳を重ねても無理なく続けられるなあと感じているそう。
さらに植物も、暮らしにエネルギーをもたらす大切な存在だといいます。
粟辻さん:
「何年も前から育てているゴムの木が、今年はじめて花をつけたんです。蕾のようにも、実のようにも見えるし、これからどう変化するか、いま一番興味がありますね」
吹き抜けいっぱいに枝葉を伸ばすウンベラータに、正午の陽光を浴びてキラキラと葉を光らせるベンジャミン。鉢を替えることはできなくても、粟辻さんの愛情を一身に浴びて、10年前よりうんと大きく、のびのびと成長していました。
90代ではじめた「ギター教室」
最近、はじめて楽器の練習に取り組んでいるとのこと。どんなきっかけで始められたのでしょうか?
粟辻さん:
「娘の知り合いがギターを習っているという話を聞いて、ギターかあと思って散歩をしていたら、たまたま近所の古道具屋さんで素敵なギターを発見したんです。ちょうど娘からお年玉をもらったあとだったので『よし、やってみよう!』と衝動買いしてしまいました。もし続かなければ、孫にあげたらいいかもなあくらいの気持ちで。
ところがやってみたら楽しくて、週に1回ギターの先生に教わりながら、いまはコードの練習をしています。すいすい上達するということはないんですけれど、寝る前に、教本を見ながら弾くのが楽しいんですよ」
90代であたらしい楽器にチャレンジするなんてすごいなぁ。憧れとうらやましさと、驚きと希望と、たくさんの感情が忙しく心のなかを行き交います。
粟辻さん:
「もう少し若い時からやっておけばなあと思ったりもしますけれど。こういうきっかけや機会って、誰にでもあることだと思うんです。やるかやらないか、その違いだけなんじゃないかな。歳をとるほど、理屈はいらないなと思います。こうしたらこうなるかもと、とりこし苦労はせずに、やってみなければ分からないじゃない!と思うことにしています」
ひとり暮らしは何歳になっても楽しめるんだと、粟辻さんの笑顔を見ながらワクワクしてしまいました。
さて、つづく後編では、粟辻さんのご家族や友人との距離感や、いまの暮らしで大切にしていることをお伺いします。
photo:鍵岡龍門
もくじ
第1話(9月16日)
好きなように暮らして。いつまでも一人で楽しんでいたい(粟辻早重さん)
第2話(9月17日)
家族や友人との心地よい距離感。いま大切にしたいこと(粟辻早重さん)

粟辻早重
カネボウ意匠室にてテキスタイルデザイナーとして勤務後、テキスタイルデザイナーの故・粟辻博と結婚。1958年に粟辻博デザイン室を共同設立。娘の出産を機に人形作りを始め、デザイナーの田中一光や剣持勇に人形作家として見いだされ、個展をしつつ広告も手掛ける。本を執筆するほか近年は世界のヤカンを蒐集。2024年に松屋銀座・デザインギャラリー1953にて「粟辻早重とやかんたち」を開催
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