【ふたりのチームワーク】「アトリエ・フォーク」後編:結婚して14年。老後ではなく、「今」 スタートする決意。
ライター 藤沢あかり
いろいろなタイプの 「ふたり」 に、暮らしや仕事を営んでいく中でのお話を伺い、ヒントを探る、連載 「ふたりのチームワーク」。
今回は、アートと食の拠点 「アトリエ・フォーク」 を立ち上げた、切り絵作家・デザイナーのYUYAさんと、料理研究家のスパロウ圭子さん(食のアトリエ・スパロウ主宰)ご夫妻を訪ねています。
前編では暮らしを共にする中でのコミュニケーションの秘訣や、家事の役割分担についてお聞きしました。
40代で会社員からフリーランスになり、共同アトリエの経営という、仕事上でもパートナーとなったふたり。大胆とも思える、その一歩を踏み出せた背景には 「ふたり」 のチームワークがありました。
老後ではなく、「今」 スタートする決意
好きなことを仕事にする。誰もが一度はあこがれ、そして迷ったことがあるかもしれません。
YUYAさんは切り絵作家・デザイナーとして、圭子さんはパン教室を運営する料理研究家として、ふたり同時に独立することを決めました。お互いに40歳を超え、結婚して14年目のときです。
それまで、同じ職場で会社員として働いていたふたり。
同時にフリーランスになるということに、不安や迷い、どちらかの反対はなかったのかは気になるところです。
圭子さん:
「正直言うと、確信もなにもありませんでした。でも、一緒に辞めて、一緒にスタートしないとお互いにズレが生じる気がしたんです」
▲圭子さんが作る季節のジャムに、YUYAさんがデザインするラベルが彩りを添えます。
YUYAさん:
「定年したら好きなことをやろうという考えもあるかもしれないけれど、僕らは今の体力があるうちに、将来をイメージしながらスタートしたかった。
僕は、今のスタイルで切り絵を始めたのが、35歳のときなんです。
そこから、こうしてアトリエを構えて仕事としてやっていく決心をするまで、10年近くかかりました。
もちろん作風も、そこから出会った人たちも、その年齢、そのタイミングだったからこそ、というのもきっとあります。でも、 『もっと早く切り絵を始めていたら』 という気持ちもどこかにあって。
軌道に乗るまでに、また10年かかったら……。だから、 『今だ』 って思ったんです」
▲YUYAさんがこれまでに手掛けた個展は、2007年からスタートし、8回を数えます。上が記念すべき初個展のDM、左下が2017年の最新のもの。
圭子さん:
「老後のことを考えて、やりたいことより堅実な道を選ぶ人も正しいと思うんです。私たちは、ただ甘くて世間知らずなのかもしれない。
でも、定年後に 『そういえば昔は、こんなアトリエをやりたいって話してたね』 って、懐かしみながら少しの後悔とともに夫婦で話をしている姿を想像したら、胸の内がザワザワしたんですよね」
やるぞと決めたふたりはアトリエのための物件を探しだし、そこからは息つく間もなく駆け抜け今にいたります。
「一緒」にこだわらない
住まいと職場が一緒の生活は、起きてから眠りに就くまで、顔を合せない日はありません。
「仕事のパートナー」 としてスタートするとき、ふたりの間になにかルールはあったのでしょうか。
YUYAさん:
「無理して歩調を合わせようとしないことかな。
どちらかが忙しかったら先に寝るし、片方が朝早く起きて作業していることも。もちろん、食事のタイミングが違うことも、ときにはあります」
▲YUYAさんの机の上。色とりどりの紙片が、YUYAさんの手によってイキイキとした切り絵作品として命を吹き込まれます。
圭子さん:
「漠然とですが、ふたりで過ごさなくちゃ、ふたりで一緒にやらなくちゃ……、と 『ふたりでいること』 を、あえて肩肘はらないようにはしています」
YUYAさん:
「彼女はタイムテーブルをしっかり組んで、先のことまで予定を立てて頑張る人なんです。僕は今、目の前のことに集中したい方。
それがいいとか悪いとかではなくて、タイプが違うんですよね。
アトリエの物件を決めるときも、いろいろなことを慎重に考える僕に対して、圭子は雰囲気に惹かれて 『ここいいね、ここにしよう!』 って即決でしたし(笑)」
圭子さん:
「大きなことほど、わりとサッと決められるのかも。
でも、タイプが違うからこそ、相手の方が自分のことをわかってくれるというのもあります。人から見た自分の立ち位置に気づかせてくれるというのかな」
パートナーは自分を「客観視」してくれる存在
「相手のことへ踏み込みすぎない程度に、お互いに仕事のアドバイスを言うようにもしているよね」 と、YUYAさん。
この発言は、とても意外でした。
夫婦には、あえて 「相手の仕事に口を挟まない」 という人も多いと聞くからです。
YUYAさん:
「商品の色を決める時なんかは相談しますね。女性の目線で意見をくれるので、それがうまくいったりするんです。
ポストカードや手ぬぐいなどのグッズを手にしてくれるのは、女性が多いですから」
圭子さん:
「作品そのものについては意見するつもりはないんです。そこはノータッチ。グッズ制作に関してはこうだねぇと押し付けない程度に気づけば言います。
逆に、パンの味についてアドバイスをもらうことも。一般的な意見として、販売ならこっちで、生徒さんに伝えるレシピならこっちかな……というのをYUYAが言ってくれるんです。
お互いに、自分が正しいとは思い込まないようにしていて、ちょっと自分を客観視したいのかな」
切り絵やデザイン、そしてパンや料理。どちらも表現者として突き進む頑固さがありながらも、パートナーの意見を取り入れる余白をもつ。
そして相手の仕事に対しても、尊重しながらアドバイスをする部分、しない部分のメリハリをつける。
その柔軟さと絶妙なバランスは、長年ふたりが育んだたまもの。チームワークのあらわれです。
「ふたり」 だったからこそ、作品をづくりを続けてこれた
YUYAさん:
「僕は、ひとりだったらどこかで完結して、ここまで絵の活動を続けていなかったかもしれません。
相手がいるからこそ張り合いがあるし、やる気も生まれる。相手の存在が制限ではなく広がりになったんです。」
圭子さん:
「そうだね。私も、ありがたいことになんでもやらせてもらって、結婚したから何かやりたいことができなくなったということが、まったくない。
相手がいないと料理やお菓子をつくるのにも限界がありますし、この味どう?って聞けるのが嬉しい。結婚していなかったら、今頃どうしていたのかな……。
パートナーと生活していくことは、私にとってはとても良いことでした」
お互いの 「違い」 を認め、柔軟に受け入れながら、無理をして「一緒」にこだわらない、心地よく過ごすためのさじ加減。
近しい間柄だからこそ大切にするコミュニケーションの時間。YUYAさん、圭子さんのふたりの暮らしには、人と人との関係を円滑に導くヒントがたくさんありました。
1と1は、そのままでは足しても掛けても2以上にはなりません。
でもふたりの話を聞いていると、お互いの存在により、1の可能性が2にも3にも広がり、かけ合わさってどんどんと大きくなっていくのを感じます。
それこそまさに、 「チームワーク」 の生み出す効果なのかもしれません。
(おわり)
アトリエ・フォーク
住所:東京都中野区中野 1丁目41−4
電話:03-6873-8566
一般開店日:原則として毎月第一土曜日11:00~18:00に開催の「オープンアトリエ」
URL:http://atelier-folk.com/
【写真】千葉亜津子
もくじ
YUYA・スパロウ圭子
(アトリエ・フォーク)
夫のYUYAさんは切り絵作家・デザイナーとして、妻のスパロウ圭子さんはパン教室を主宰する料理研究家として活躍。そんな2人が立ち上げた、アートと食の拠点「アトリエ・フォーク」が、東京・中野の閑静な住宅街に佇んでいる。パンやお菓子のレッスンのほか、毎月第一土曜日に「オープンアトリエ」を開催。切り絵作品やオリジナルデザインのグッズ、パンやジャムの販売を行っている。http://atelier-folk.com/
ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。
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