【57577の宝箱】 生まれ持つホロスコープはいびつにも 世界にひとつの秩序を描く
文筆家 土門蘭
最近、占いに興味がある。
この頃、ますます先行きが見えなくなったからかもしれない。社会情勢も、自分の人生も、一体どうなっちゃうのか全然わからない。昔はもう少し目処が立っていたような気がするが、フリーランスになったら1年後何をしているのかさえわからなくなった。自分で望んでそうなったとは言え、心細いものである。
そんな中、密かに頼りにしているのが星占いだ。私は獅子座なのだけど、更新されるたびに運勢を見ては「なるほど」「当たってる気がするな」と独り言を言っている。うまくいっていない時には星周りのせいにしたり、星周りが良くなると「これから良くなるはず」と期待したり。他人任せのような気もするが、それくらいがちょうどいい。全部自分でなんとかしようとすると、すぐに行き詰まってしまう。
昨年あたりからハマって、対面での占いも何度かしていただいたのだけど、毎回どの方にも同じことを言われた。曰く、
・組織に属さずひとりで仕事をするのが良い
・個性を表現できる仕事をするのが良い
・繊細な面があり、時に不安感や孤独感を味わいやすい
ということ。
それなので「フリーで物書きをやっている」と言うと、「ご自分の適性をよくわかっていらっしゃいますね」と言われる。嬉しいような、もっと何か言ってほしいような。結局、自分が自分らしく生きようとする限り、不安や孤独は消えないのだろうなと、占ってもらったあとはいつも思う。
ただ不思議なのは、生まれた日時や場所だけでここまで決まってしまうものなのか、ということだ。もしもそれが1日でもズレていたら、今の私は違っているのかしら……?
そんなことを考えていたら、ある時「リーディング」ができるという方を紹介していただいた。いわゆる霊視のようなものらしく、生まれた日時や場所などのデータではなく、私の肉体そのものから、まだ言語化されていない情報を読み取り伝えてくれるのだそうだ。
信じる信じない以前に、自分がどのように言語化されるのかにとても興味があった。私の肉体からは、どんな情報が流れ出ているんだろう? 好奇心が湧き上がり、ぜひ見てほしいとお願いした。
実際に見てもらったのは、それから1か月後のことだ。予約が詰まっていて、かなり忙しい方らしい。ますます楽しみになって、当日は朝からドキドキしていた。
§
指定されたカフェで出会ったその女性は、爽やかなボーダーの服を着て、にこやかに挨拶をしてくれた。てっきり魔法使いのような方を想像していたので、ちょっと驚く。
開口一番、
「読み取ったものを、どんどんお話していっても良いですか」
と彼女は言った。「何かお聞きになりたいことがあったら、それに答えるやり方もできますが」と。私はやや緊張しながらも「どんどん話してください」と答える。すごい。まだ会って1、2分だけど、すでに読み取っているのだろうか?
彼女はまず、
「あなたは何かを『伝える』方ですね」
と言った。
「それから、ものすごく考える方です。こうしている間にも、すごい勢いで思考をしているのが伝わってきます。向かい合っていると目眩がしそうになるくらい」
あ、実際は目眩してないので大丈夫ですよ、と彼女が笑うので、私もつられて笑った。確かに私は「伝える」仕事をしているし、考えごともかなりする方だと思う。夜も考えすぎて眠れなくなることがあるし。そう思っていると、彼女はどんどん話を続けた。
「考えるのはまだいいのですが、悩みすぎてしまうこともあるようです。責任感も強いので、『ちゃんとしなきゃ』と思い込んでいる。なので考えたり悩むことに多くのエネルギーを費やして、行動に使うエネルギーが残っていないことがよくある」
確かにその通りかも。私は控えめに、うんうんと頷く。
それから、両親との関係、子供との関係、仕事での悩み……いろいろ読み取ってもらった。どれも心当たりがある言葉だったので驚きながらも、もろもろの悩みの源泉は「自信がない」ことのように思う、と彼女は言った。
「自信は、ないですね」
力強くそう言うと、「自信がないことに自信を持ってはダメですよ」と笑われた。私は「はい」と苦笑する。
「でも、どうしたら自信を持てるようになるんでしょう?」
もはや人生相談のようになってきているな、と思いながらも聞いてみる。すると彼女はこう答えた。
「過去のことにこだわらないことです。執着するのではなく、あれがあったから今の自分があるんだ、と認めてあげること。すると過去から自由になれます」
過去から自由になる。
それを聞いて、私はこれまで逆だったかもしれないな、と思った。「過去があるおかげで今の私がある」と思わずに、「過去のせいで今の私はダメなのだ(だからもっと頑張らねば)」と思っていた。つまり、過去の自分を否定することで、今の自分をも否定してしまっていたのだ。それでは自信がつくはずもない。
「過去があったからこそ、唯一無二の私がいる。誰のものでもない傷や穴を持った私がいる。そう考えると、人から何を言われても『これが私だしな』と受け流せるようになります」
いいなぁ、と思わずつぶやいた。私もそうなりたい。傷や穴を埋めようと躍起にならないで、だからこそ自分は自分なのだと胸を張れるようになりたい。
そう言うと彼女は、
「私はね、自分が自分であることに安心しているんです」
と微笑んだ。
「自由ってきっと、そういうことだと思うんですよね」
§
時間はあっという間に過ぎ、彼女は「では」と言って席を立った。
「またいつか」と私が言うと、「もう大丈夫ですよ」と彼女は笑った。何が大丈夫なのかは明言しなかったけれど、きっと今日話したことを忘れなければ大丈夫だ、ということなのだろう。
つまり、自分には自分がいるということ。自分は自分でしかいられないし、それでいいのだということ。
私はずっと、占いでそれを知りたがっていた気がする。私って何ですか? 私ってどうですか? そんなことをずっと聞きたがっていた気がする。
だけどその日、私は彼女に「もう大丈夫ですよ」と言われた。
自分が自分であることに安心できれば、もう大丈夫。何も怖がることはないですよ、と。
あれ以来、占いの場には行っていない。もしかしたらこれからも行かないかもしれない。
私を導いてくれるのは私しかいないことが、あの時ちゃんとわかったから。考え過ぎす、悩み過ぎず、自分の道をただ歩めばいいのだとわかったから。
それでも今も、星占いの記事は欠かさず読む。全部自分でなんとかしようとすると、すぐに行き詰まってしまうから。だからたまには、いいですよね。
“ 生まれ持つホロスコープはいびつにも世界にひとつの秩序を描く ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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