【57577の宝箱】 託された役目を果たした道具から 1ミリグラムの重みが抜ける

小説家 土門蘭


文筆業を始めてから、丸4年が経った。

物書きというのは、身軽な職業だ。納品するのは文章なので、仕入れもないし、在庫もない。材料もいらないし、工場もいらない。まさに体が資本。でもそんな私にも、大切な仕事道具というのがある。

今まさにこの記事を書いているパソコン。それから、インタビューの録音に使うボイスレコーダー。そして、予定をすべて書き込んだ手帳。この3つとWi-Fiさえあれば、どこでも仕事ができる。逆に言えば、このうちのひとつでも欠かすと仕事にならない。

§

この間インタビューをしていたら、突然ボイスレコーダーが止まった。カチッと小さな音を立てたことに、すぐに気がついた。インタビューの流れの邪魔にならないよう、こっそりと目線をそちらにやると、「FULL」という文字が画面に表示されている。おかしい。容量がいっぱいになったことなんてないのに。そうならないよう、いつも不要になったデータはこまめに消しているのに。

こういう時のために、私はいつもバックアップとしてスマートフォンでも録音している。以前、操作ミスで途中から録音ができていなくて血の気が引いたことがあり(その時はメモのみで何とか書いた)、以来2台体制で臨んでいるのだ。だから今回も問題はなかったのだけど、これまでにこんなことはなかったので、何となく心細い気持ちになった。

帰ってから、ボイスレコーダーの中のデータをさらに消してみる。でも、やっぱり新規で録音しようとすると「FULL」と表示される。何でだろう? おかしいな。変なところを押してしまったかな? 家電に疎い私は、自分の使い方が間違っているんだと思い込んだ。

「説明書、残してたっけ」
そうつぶやいた瞬間、ああそうか、とわかった。このボイスレコーダー、寿命が来たんだ。

§

SONYのボイスレコーダーは、まさに4年前、この仕事を始める時に買った。ものすごく暑い日、近所の家電量販店に、子連れで買いに行ったのを覚えている。

次の日には、初仕事が入っていた。かなりボリュームのあるインタビューの仕事で、一言一句聞き漏らせない。まるで相棒を探すような気持ちで、私はお店の中をうろうろした。まだ1歳だった次男の手を引いて。

でも、商品がたくさんあってどれにすればいいのかわからない。忙しそうな店員さんをやっと捕まえて、「ボイスレコーダーを探しているんです」と相談した。
「どういった用途でしょうか」
と尋ねられ、こう答えた。
「仕事です。インタビューをして、文章にする仕事」
その時、自分が新しい道を踏み出し始めた実感があった。湿っぽくて柔らかな子供の手を握りながら、なんて頼りないんだろうと思う。私が進もうとする道は、なんて頼りなくて危ういんだろう。

店員さんは表情を変えずに、淡々とおすすめの商品を3つ教えてくれた。それでも何がどう違うのかよくわからず、おろおろと決めかねていると、
「個人的なおすすめはこれです」
と店員さんが真ん中の商品を指さした。
「音も綺麗に拾うし、容量も大きい。多分、お仕事に使うにはこのふたつが重要ですよね?」
私は、うんうんと頷く。
「それならやっぱりこれです。そんなに安くはありませんけど、安心して仕事できると思いますよ」

店員さんの言う通り、そのボイスレコーダーは優秀だった。何十回もインタビューを録音したが、困ったことは一度もない。
いつも無我夢中になるので、インタビューの内容を忘れてしまうのだけど、このボイスレコーダーがちゃんと仕事をしてくれるから、安心して言葉の海の中に潜り込むことができた。そして録音された会話を聞き直して、「よかった、ちゃんと聞けているな」と胸を撫で下ろす。私は、このボイスレコーダーを信頼していたのだ。

§

「FULL」という表示のまま、新たに録音できなくなった翌日にも、インタビューの仕事が入っていた。仕方がないのでスマートフォンで録音することにし、同席していたデザイナーさんにも念のためバックアップを録ってもらうようお願いする。

「すみません。ずっと使っていたボイスレコーダーに寿命が来たようで、昨日から動かなくなってしまって」
するとデザイナーさんが、いえいえと笑いながら、
「最後まで使える道具があるって、何だか素敵ですね」
と言った。
「今ってすぐ買い替えられるじゃないですか。壊れてなくても、新しくて良いものがたくさん出てくるし。そんな中で、寿命が来るまで使った道具があるって、素敵なことですね」
それを聞いて、思わずちょっと泣きそうになった。気づかれないように「そうですね」と笑って答える。

書くことを仕事にする。そう決めて突っ走ってきた4年間。その間ずっと、物言わず愚直に私を支えてくれたボイスレコーダーが、今ここにないのが急に寂しくなった。

§

家に帰ると、仕事机の上にボイスレコーダーが静かに佇んでいるのが目に留まった。試しに録音ボタンを押してみるが、やっぱり「FULL」。電源を落として手のひらの中で転がしたら、なんだか前よりも軽く感じた。果たした役目の分だけ、軽くなったのかもしれない。

最初の頃に比べて、私は少しは成長しただろうか。もしもボイスレコーダーに心があるなら、聞いてみたいと思った。私のインタビューはおもしろかった? 私と仕事をして喜んでくれていた?

新しいボイスレコーダーは、まだ買っていない。もうそろそろ買いに行かないといけないな。

 

“ 託された役目を果たした道具から1ミリグラムの重みが抜ける ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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