【自分の道をさがすこと】第3話:これからは恩返しを。目標や完成というものはない、との考え方に出会って

ライター 小野民

体力も勢いもあった若者だった時代を経て、中盤にさしかかった人生に必要なものは何だろう。自分の道をすこやかに歩いていくためには、やみくもに前に進むのではなく、自分でしっかり手綱をひくことが大事な気がするけれど……。

じたばたしている日々のなかでも深呼吸して、これからの私に必要な視点を探したい気持ちがあります。そこで訪ねたのはエッセイストの小川奈緒さん。自分の道をいく苦労も、力強さも包み隠さず書いてきた内容からは、芯がありつつもしなやかに人生を切り開いている様子がうかがえます。

1話目では、40歳前後でファッション誌の編集者からエッセイストへと舵を切ったお話を。2話目では、そこからの10年を「人生のトンネル期」だったと振り返りました。今回は、51歳になった「今」についてお聞きします。

第1話はこちら

 

「やりきった」の先にあるもの

小川さんが、山ごもりや筋トレに例えた、名実ともにエッセイストになるべく過ごした日々。40代の山ごもりを終えて解放感を得た理由は、娘さんが中学受験を終えたことが大きかったといいます。

受験がおわったのは、2021年の春。その後、出した著書は『ただいま見直し中』、『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』と続き、小川さんの変化を感じます。

小川さん:
「中学受験の伴走で、塾の送り迎えだけでなく、家で横に座って勉強をするなんてこともしていたので、なかなか苦しかったです。特に最後の半年は仕事どころじゃない感じだったので、娘が中学校に入ったことですごく解放感がありました。

でも、最後まで寄り添ったからこそ、やれることは全部やった、と達成感もありました」

 

人生後半戦、あるいは第二章の幕開け

小川さん:
「40代は、ソロとして生きるためにハードな筋トレをずっとやってるみたいな感じの10年だったんですけど、その時期を終えたらこだわりがなくなっていました。

『すこやかなほうへ』を出した後は、書きたいことは全部書ききって、自分の著作活動の第一章は、終わった感じがあったんです。

第二章以降は、もっとスローペースでもいいし、人と繋がったり、リクエストに応じたい気持ちが、自然に湧いてきました。

やり残したことがないと思ったら、人の声が入ってくるようになったと言いますか……、耳を傾けやすくなったのかもしれません。これまで、本当に自分がやりたいことをやらせてもらってきたから、恩返ししたい。

今後しばらく著作の出版が続くんですが、これまで一緒に本を作ってきた編集者さんからのお誘いなのが嬉しいんです。

また仕事したいとお互いに思える仕事のパートナーと何人も出会えたのは、人生の財産。毎年書かなくてもいいやと、こだわりを捨てたらオファーをいただくのは、なんだか面白いですね」

小川さん:
「2022年に音声配信を始めたのも、たまたまラジオの番組に出て喋ったら、『音声配信をやってほしい』とリクエストが結構寄せられて。といってもまあ、10人ぐらいだったんですけど(笑)。

少し前なら『本を書くのが仕事なので、やりません』と思っていただろうけれど、『私でよければ乗ります』みたいな段階に自然に進んでましたね」

同じように「ヨガを習いたい」と言ってくれる人がいたことから今年の春にヨガインストラクターの資格を取得。「家に行ってみたいな」の声を受けて、自宅を会場にしたワークショップを企画するなど、リクエストに応える日々が続いています。

 

「やってきた」が自信になっている

これまで、しっかり悩んで見極めて、次のステップに進んできた小川さん。近頃の軽やかでスピード感のある変化をどのように受け止めているのでしょうか。

小川さん:
「これまで自分のなかで培ってきたものが、自信になっていると思うんです。

人生も後半にさしかかって、人生前半にこれだけ頑張ってやってきたものね、と思える。結果には出てないかもしれないけれども、積み上げてきたものがありますから。

自宅でワークショップを開催するにあたって、お菓子を用意したり、不安なく来られるようにメールを送ったり……こういうところに、10年以上前の雑誌編集者の経験がすごく役立っているんです。40代では全く使ってなかったスキルなのに、です。

それって、苦手に感じていたり好きではなかったりした仕事でも、前向きにやっていたからなのかなって。雑用といわれるような、お弁当を用意したり、段取りしたりする仕事でも、自分なりに向上心を持ってやっていれば、後々きいてくるんだと思いました」

小川さん:
「50代で人生の折り返し地点にきたと言ったけど、それは人生がリセットされるという意味ではなくて、これまでの人生と続いている。

目の前のことに、一つひとつ、前向きに取り組むことが、次の10年をいいものにしてくれるんだなって、これまでの経験から思えます。

私も50代になって、まったく新しく生まれ変わったのではなく、これまで積み上げてきたものの続きにいるんだなと。完全な心機一転という感じでもなく、延長線上なんだと実感することは多いですね」

 

遠い先を見過ぎずに、今を生きる

今歩いている人生後半の道のりは、どこを目指していくのでしょうか。

小川さん:
「インストラクターになるために勉強したヨガの哲学で、『目標を設定しない』との考え方を知りました。

常に、今この瞬間を生き切る積み重ねでしかないと考える。目標を置くと将来を向いてしまうから、目の前に集中できなくなるというのです。目線は常に今目の前に置いて、今自分がやるべきことに、とにかく集中する。それを積み重ねていけば、 未来に繋がっていく。

これまでは、目標設定から逆算して今やることを決めることもあったし、そうする方がやるべきことが明確になることもあるから、それを否定するものではないんですけどね。今の自分には合っている考え方だと思います」

小川さん:
「こうやってスッキリ整理して言語化できるようになったのは、ヨガの考え方に出会えてから。その都度してきた自分の考えは間違いじゃない、と思えて怖いものがなくなったというか……。

間違いなんてないんだから、今いいと思うことをやればいい。きっと後悔なんて必要ないし、また違うなって思ったら、別のことをすればいいんだと思えたら気が楽ですよね。

これからの人生に漠然とした不安を抱えていたとしても、 今ベストだと思える選択を瞬間瞬間でしていくこと。それを積み上げていった先の未来が悪いわけないんです」

***

うまくいかなかったことも、嬉しかったことも、ざっくばらんに話してくれた小川さんとの時間は、あっという間にすぎていきました。「たとえ転んでもただでは起きないの」と笑う彼女の背中には、少し後ろを歩く人生の後輩として勇気をもらえます。

小川さんに話を聞く前、私の頭の中にはぼやんと2本の道が見えていました。どちらを進むの?ともやもやしていた気持ちが晴れたのは、どちらも誰かが決めた道だと気づいたから。急いで答えを出さずとも、今、目の前に広がる自分だけの景色をたんと味わって、私しか歩けない道をつくっていきたい気持ちが湧いてきました。

さて、どう進んでいくにしても、体力は必要そう。まずは、運動から、自分のなかに少しずつ変化を起こしていきたいものです。

 

(おわり)

 

【写真】川村恵理


もくじ

 

小川奈緒

エッセイスト・ライフスタイリスト。最新刊『すこやかなほうへ 今とこれからの暮らし方』(集英社)。近著『ただいま見直し中』『直しながら住む家』など。音声プラットフォームVoicyにて『家が好きになるラジオ』も配信中。

 


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